二階堂翔太#3
ようやく左腕も完治し、生活費のためのアルバイトが決まったのは5月の連休明けのことだった。アルバイト先はアパートの近所にある24時間営業のドラッグストア。
名札に若葉マークを付け慣れない接客と山のような品出しに右往左往していると、見覚えのある横顔が目に入った。
「よっくん?」
「翔太。様子を見に来た」
「保護者かよ」
口ではそう嘯いても、気の知れた友人の顔を見るとホッとした。
「22時には上がるから待っててよ」
「あと15分か。今日お前んち行っていいか?なんか食べる物買っとくよ」
「じゃあ22時に裏口で」
よっくんが僕のアパートに来るのは三度目だった。一度目は引っ越してすぐ、二度目は退院してすぐ。上京して早々にアパートと同時に塾講師のアルバイトを決めたよっくんは、僕よりも遥かに忙しそうだ。
「相変わらず物の多い部屋だな。実家ん時よりひどいぞ」
部屋に着くなりよっくんが顔をしかめる。
「いやー。なんか初めての一人暮らしで開放的になっちゃってさ……」
「もうちょっと片付けないとカビ生えるぞ」
よっくんはきれい好きだ。今もベッドの周りをせっせと片付け始めている。
確かによっくんの言うようにワンルーム・一人暮らしの部屋にしては物が多過ぎるかもしれない。
「わかってるって。で?今日はそんな文句言うために来たの?」
「そんなところだ。お前のお母さんにもちょくちょく様子見るよう頼まれてるしな」
「マジか」
しっかりもののよっくんは地元ではちょっとした人気者で、生徒会長も務めていた。親の信頼も厚く、遠出する時も『よっくんと一緒に行く』と言えばすんなりOKが出たものだった。
「なんだよ~。ホントに信用ないんだな、僕」
「当たり前だろ。親元離れてすぐ事故に遭うようなやつなんだから」
「まぁ、そうだけど」
テーブルの前に二人分のスペースを確保したよっくんはようやく腰を落ち着けた。
僕は遠慮なくよっくんの持ってきた買い物袋を覗き込んだ。
「あれ?ビールは」
「アホか、未成年」
仕方なくコーラで乾杯した僕らはお互いのバイト先の話や新しく出会った友達の話をした。
一段落したところで急によっくんが姿勢を正した。
「あのさ、翔太、高瀬さんのことなんだけど……」
どうやら今日はこれが本題だったらしい。思いがけずよっくんの口から出た『高瀬さん』という単語にドキリとした。
「う、うん」
「好きなのか」
「……んー。まだよく知らないけど、いい感じの子だな、とは」
「歯切れ悪いな」
「……まだわからん!あんまり話せてないし…」
高校生だった時からよっくんと恋愛の話をした覚えがない。だからなのかなんなのか、自分の部屋なのに妙に居心地が悪く感じる。
「そうか」
「なんだよ急に」
「こんなこと俺が言う筋合いじゃないのかもしれないが……高瀬さんってちょっと変わってないか?」
「は?」
「高瀬さん……ちょっとお前と合わない気がするんだ。なんか謎がある感じがするっていうか……」
謎?そんなの誰だってあるだろ?合わないってなんだよ!
そうストレートに言えなかったのは、いつにも増してよっくんの顔が真剣だったのと、よっくんは今まで決して好んで人の噂話をするようなヤツではなかったからだ。
「何か聞いたの?」
「いや、本人に直接聞いた訳じゃないから」
「なにが」
「……高瀬さん、年上らしい」
高瀬さんが纏うミステリアスな空気の意味が少しわかった気がした。年上だったのか。
「へ?浪人?……別に珍しくないじゃん」
「詳しいことは何も教えてくれないらしいが、『パパが大学行きなさいって言ったから』人より遅れて大学に行くことにしたらしい」
「パパ?あぁ、そういえば!介護が必要なお父さんがいるって言ってた。だから『介護はもういいから大学に行け』ってことなんだろ。別におかしくないじゃん」
「介護?そうだったのか。でも『行ってもいい』じゃなくて『行きなさい』っていうのがひっかかってさ」
「ニュアンスの問題だろ。だいたい本人に確認したわけでもないのに、偏見で物を言うなんてよっくんらしくないよ」
悪口を言わないよっくんがただの憶測で高瀬さんの人となりを判断していることに無性に腹が立った。
「悪い。ただ心配だったんだ。もしかして高瀬さんのことが好きなら……」
「それこそ過保護だよ!僕が誰を好きになってもよっくんには関係ないじゃん!」
「……ん、まぁ、そうだな。悪かった」
よっくんはそう言うと静かに立ち上がり玄関へ向かった。
「なんだよ、言うだけ言って帰るのかよ」
「いや、翔太の言うとおりだ。今日話したことは忘れてくれ」
そう言ってよっくんはゆっくり玄関のドアを開けた。
開いたドアの隙間から廊下の電気が漏れている。逆光で表情は見えないがこちらを向いたよっくんが呟いた。
「おやすみ。鍵ちゃんと閉めろよ」
よっくんはいつだって過保護なんだ。
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