高瀬麻里絵#1

二階堂くん。彼が入学早々に事故で入院しちゃったので、今日が初対面だ。

友達のユウちゃんが帰ってしまって退屈していたのを見られていたのかもしれない。

気を利かせて話し相手になってくれたのかな?

いかにも爽やかな好青年で、正直に言って年齢よりも少し幼く見えた。


「高瀬さんは、えーと、どこ出身なの?」

一生懸命会話の糸口を探っているようだ。

「私は都内なの。二階堂くんは岐阜なんだよね?」

「えっ!!なんで知ってるの!?」

あまりにもビックリした顔をしたので、思わず笑ってしまった。

なんだか昔飼っていた柴犬を思い出す。

「原田くんから聞いたよ。山城くんと、もう一人入院中の友達と一緒に岐阜から上京してきたんだ、って」

「あ、そうなんだ。よっ……原田とそんな話してたの?」

「うん。最初の授業で隣の席だったから少し話したよ。」

「へぇー。原田がそんなに話するなんて意外だな」

二階堂くんはなんだか少しソワソワしているようだ。


ぎこちないながらも会話が進んでいる中、何気なく時計を見ると19時を少し回ったところだった。長居しすぎてしまった。

「私そろそろ帰らなきゃ……」

言ってからふと気付いた。

今「帰る」というと、隣に二階堂くんが来たのが嫌だったと取られないだろうか。

「パパの介護があるの」

あなたと話すのが嫌ということではない、そういう意図が伝わるよう願って二階堂くんに告げた。

「あ、そうなんだ……。送っていこうか?」

心なしか声のトーンが低く感じられるが、気分を害したようではなさそうだ。

「ううん、ウチそんな遠くないし大丈夫だよ、ありがとう。また学校で話そうね」

二階堂くんは一瞬何か言いたげな顔をしたが、ニコッと笑って「うん、また」と言ってくれた。

いい人だな。また話ができるといいな。


家に帰ると玄関にはまだヘルパーの河村さんの靴があった。

「ただいまー」

まっすぐパパの部屋に向かう。

「おかえり」

ドアを開けるとベッドに横たわったパパが私を見る。

河村さんは枕元に置いた椅子に座っており、どうやらパパに本を読んでくれていたようだ。

「河村さん、ありがとうございました。あとは私が代わりますね」

パパと同じくらいの年齢の河村さんは、どうやらパパのことが異性として気になるらしい。見ていればわかるのだ。私の言葉に一瞬不服そうな顔をしたがすぐに立ち上がった。

「麻里絵さん、お食事とかまだでしょう。よかったらそれまでここにいますよ」

河村さんの言葉に笑顔で応える。

「いえ、今日大学の友達と食べてきたの。どうもありがとう」

あなたはもう結構。言外に潜ませた意図に気付いたらしく、そうですか、と呟いて河村さんが玄関に向かった。

玄関のドアが閉まる音を確認すると空いた枕元の椅子に座り、河村さんが書いた日誌を読む。どうやら変わったことはなさそうだ。

「麻里絵、大学はどうだ?」

「楽しいよ。新しいことを知るのって本当に楽しい」

「そうか」

パパは体が不自由で自由になるのは首から上だけだ。

少し汗ばんだパパのおでこにそっとキスをした。

「私を大学に行かせてくれてありがとう」

「どういたしまして」

パパは動けなくなってから笑わなくなってしまった。どこか悲しそうな顔で遠くを見ていることも多い。

障害を負ってすぐの頃は「もう殺してくれ」とまで言っていた。

生きる希望を持たせるために「私にはパパが必要だよ」と何度も言った。あれから3年ほど経ち「死にたい」とは言わなくなったが、なんだかパパが遠くに行ってしまったような気がする。

大事な可哀想なパパ。

私がずっとそばにいるからね。

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