茜
クラネ22:38
(晴が今度はスーパーのババアに手を出した。ババア殺したい)
クラネ22:39
(またしばらく私はミソッカスですorz)
クラネ22:39
(もう晴とられるのやだしこんど妊娠してやろうかな)
クラネ22:40
(あー私ってなんでこんなに不幸なんだろう。向かいに住んでるオヤジの相手で もしてやろうかな。ところでツイキャスは24:00です)
茜22:45
(本日 #ケンタウリ の演奏聴きに来てくれた方、寒いなか本当に有難うござ いました! 手が凍ったけどギリ弾けました笑 CDを買って頂いた方、感謝 ×100! オリジナルCD「うたかた」講評発売中です。是非!)
茜22:47
(本日はボーカルの #halu 2曲目で一瞬トチリました笑 お聞き苦しく てスミマセン。練習不足です。でもそういうところ、ワタシ的にはかわいいと 思っちゃいます。ダメですか笑 スミマセン笑 MCは完璧なんですケドね笑 笑。またよろしくお願いします!)
クラネ22:53
(就活ウザイ。最近寝ても覚めても面接の受け答えをブツブツやってる自分を殺 したい。てか昨日の面接官を殺したいorz)
クラネ22:56
(セックスが生活って人と暮らしたら毎日満ち足りるんだろうか。いや、ヤリ目 とは暮らす気ないからDMしないでね。)
クラネ22:57
(晴様と幸せに暮らしたい)
クラネ23:02
(就活の交通費集めたいので、われこそはという人はポルカから募金願いまー す。サポートしてくれた人にはお返しするよ笑 500円から!)
クラネ23:15
(あー心がつらい。けど目の前のおじさんがちょっとカッコいいから許す。おじ さん、ここにすぐヤレる若い娘いますよ。)
茜はツイッター常習者だ。中学生の頃から始めてもう八年になる。アカウントを二つ持っていて、一つは「茜」、もう一つは「クラネ」という名前で投稿している。「茜」は大学生として、ケンタウリのメンバーとしての自分を表現するのに使っている。対する「クラネ」は、匿名で自分の心の内を発露するアカウントだ。アカネという名前なのに、本当は根が暗いことを自覚しているから、クラネ。「茜」のアカウントで一日に投稿する回数は十回ほどだが、「クラネ」では百回以上にのぼる。
晴を救い出せるのは自分だけだと思っていた。
茜は小さいころピアノを習っていた。中学、高校では吹奏楽部に入って鍵盤から遠のいたが、大学に入学して軽音楽サークルに参加したことでまた鍵盤に戻ってきた。けれどサークルの怠惰な活動内容にすぐに嫌気がさし、一年の夏休み中にバンド雑誌のメンバー募集に応募したのがケンタウリとの出会いだった。メンバーはみな三十代の男性だったが、真剣にデビューを目指していて、茜も触発された。
それも、長くは続かなかった。当時いたヴォーカリストと他のメンバーの間で対立ができ、ヴォーカリストが辞めてしまったのだ。それからしばらくは練習とヴォーカル探しが続いた。茜はツイッターを使って呼びかけたが、いい人材は集まらなかった。
そんなときに、カラオケボックスで晴の声に出会った。彼のいた個室から漏れてくる歌声を聴いたとき、茜は自分の胸が震えるのがわかった。ケンタウリの曲想にぴたりとはまる歌声だと思った。いや、むしろ、この声を前面に押し出すために、メンバーに掛け合って一から音楽を作り直してもいいとさえ思うほどの歌声だった。ドアについた窓から中をのぞくと、数人の高校生くらいの年齢の男子が数名いた。その中に、一輪の花のような男子学生がマイクを握っていた。その可憐さに茜はつい見惚れた。歌が終わったとき、茜は意を決してその個室のドアを開けた。それから晴はケンタウリで歌い続けている。
クラネ10:08
(晴がデビューできないのはあいつらのせいだと思う。音楽がまるでダメ。晴を 他のもっといいバンドに移したい。)
クラネ10:10
(みんな下手すぎる。何年やってんだよ)
クラネ10:11
(晴様のためならどんなことでもしたい)
「はい。私の長所は、自分で主体性をもって考え、問題解決する方法を出していけるところだと思っております。私はある総菜店で三年間アルバイトをしておりますが、味はとてもおいしいのに、売上はあまりよくありませんでした。私はお店に貢献したいという気持ちで、まずそのお店の周辺を毎日歩いて調査をし、立地環境の悪さが原因だと気づきました。しかし、お店の周辺は新興住宅地で、新しく住宅やマンションが建設されており、工事関係の方に認知してもらうため、従業員と極力し広告を作成して配り、また、ツイッターなどのSNSを利用して地域の団体をフォローして宣伝し、拡販につなげました。結果として、お店の認知度が向上し、新しい常連さんが増え、売上は約二十パーセント伸びました。今は、趣味で行っているバンド活動の宣伝にもツイッターを利用しています。この経験で、問題意識を持ち、解決していく力がついたと自負しています。御社の広告戦略を考えるうえでもお役に立てると思います」
「はい、私の趣味は音楽活動です。休日に仲間と集まり、スタジオを借りて練習をしています。また、定期的に公演などもしております。音楽のよいところは、音を通じて仲間との深いコミュニケーションを築くことができるところです。普段、顔を合わせて話をしている仲間とも、セッションをするときにはまた違った表情を見ることができ、常に新しい人間関係が生まれると思っています。仲間だけでなく、公演を開いたときのお客様とのやりとりも大変刺激的で、自分たちの音楽を聴いて下さる方がいることのありがたみを常に実感いたします。音楽は私にとって、自分を表現するとてもよいツールでもあり、他人との交流の手段でもあり、ストレスを発散する最適な手段でもあります」
今日もウソ八百を並べ立て、好感を得た。面接なんて一番ちょろい試験だ、と茜は思う。まわりの学生たちは、たった十分ほどの面接で自分のなにがわかるんだ、と嘆いているが、バカだとしか思えない。たった十分では何もわからないからこそ、最高の自分をでっちあげればいいだけなのだ。その十分で人生を変えられるのなら、そこにどれだけでも力を注げばいいのに、バカなやつらは今まで二十年も苦労して生きてきたことを、その十分で台無しにしてしまう。
クラネ13:42
(面接おわった。かんぺきな私! 今から移動~)
クラネ13:44
(てか、面接のあと集まって報告会みたいなの、いらないと思う。みんなやって るんだろーか。帰ってクソして寝ればいいのに)
駅を出て待ち合わせ場所のカフェに入ると、すでに同級生が二、三人集まって、各々の戦いぶりを話している。茜は踵を返したい衝動に駆られながら、それでも店の奥へ歩を進めた。これから、最低につまらない時間が始まる。
「茜、どうだった? 茜ならヨユーだったでしょ」
「おつかれ茜。イェーイ」
「おつー。みんな早いねえ、ちゃんと試験受けたのオ?」
グータッチで迎えられるのが、なによりもウザい。茜はそれにとびきりの笑顔で答え、ソファに飛び込む。きゃあ、と嬌声が起き、店内の客がうるさそうに新卒団体の様子を伺う。これでいい。シャツの第一ボタンをはずしてウイッグを取る。
「あー。アタマかいー」
学生たちがまた、どっと声を上げる。
「まだカツラとんの早えーだろー」
「いーのいーの。こんなとこに試験官いないから。あー自由になったー」
茜は壁の時計を見た。十四時半。晴に会えるまで、まだ三時間もある。
もうしばらく、おどけを続けていなくてはならない。
茜が晴と最初に寝たのは、カラオケボックスで出会った二時間後だった。個室に乗り込んだ茜に、ここじゃなんだから一時間後に駅前のマクドナルドで待ってて、と晴は告げた。店内は高校生や親子連れで賑わっていて、まともに話ができそうになかったが、仕方なく待っていた。時間通りに現れた晴は、「行こう」と言った。それでホテルへ行った。
当時、茜には高校生のときから付き合っていた交際相手がいた。晴と寝たその夜に、ほとんど衝動的に、LINEで別れを告げた。夜のあいだ、LINEのグループチャットが荒れに荒れて、茜は高校時代の友人をすべてブロックし、ツイッターの「茜」のアカウントも一時閉鎖したが、「クラネ」は何ひとつ変わらなかった。晴がいればそれでよかった。
晴をメンバーに紹介した時、誰もが晴の声に惚れこんだ。それからバンドは活気づいた。茜は嬉しかった。自分が、くすぶっていたバンドを再興し、埋もれていた才能に光を当てたと満足していた。晴は会うたびに体を求めてきた。茜はなにも疑問を抱かなかった。自分が、晴にとってなくてはならない存在になったのだと思っていた。
その考えは、この一年でことごとく打ちのめされた。茜が知っているだけでも、晴が手を出した女はスーパーの女で六人目。ナンパをしたのか、声を掛けられたのかはわからない。女たちは、決まって晴の歌を聴きに来た。どの女も、毎回アホ面をさげてやってきてはうっとりして歌を聴くのだった。新しい女をつくるたび、晴は茜を遠ざけた。茜はほとんど毎回、相手の女を殺したいと思った。けれど、そう思っているうち、どの女もいつのまにか晴の前から姿を消しているのだった。そして晴は戻ってきた。
いつもそれで、安堵していた。それで、高を括っていた。晴は絶対に戻ってくる。
けれど、今回の、あのスーパーの女に対する晴は、どこか違った。まるで、絶対に失いたくないもののように固執していた。
クラネ16:03
(あのババア、三十五歳らしい。ありえない。今までは若い子ばっかだったの に、なんであんなババアと?)
クラネ16:06
(晴はほとんど毎日あの女と会っている。あんなババアのどこがいいんだろ。て いうか、絶対ダンナいるじゃん。ダンナにばらして終わらしてやろうか。私の 問題解決能力なめんなよ。面接官お墨付きだぞ。)
友達から解放され、電車の中で次から次へと投稿を繰り返しているとき、LINEが入ってきた。
LINEグループ:ケンタウリ
(大野がバイクで事故って病院行ったので今日の練習なしです。左腕骨折らしい)
(まじか。病院どこ?)
(済生会です)
(見舞い行く)
古株のメンバーのやり取りがひっきりなしに入って来る。晴はまだ読んでいないようだった。茜は降ってわいたような幸運に胸が躍った。
(ほんとですかあああ! 大野さんかわいそう泣 私もお見舞い行きます! みんなで行きましょう泣泣)
(じゃあとりあえず19時に)
今夜は晴と一緒にいられると思った。いつまでもあの女に晴を乗っ取られているわけにはいかない。大野のパートはウインドシンセサイザーだ。しばらく吹けないだろう。茜は席を立ち、車両連結部に出て晴に電話をした。出ないかと思っていたが、晴はすんなりと電話に出た。
「なに?」
晴の第一声は、いつもぶっきら棒だ。わかっていながらたじろぐ。
「あ、晴? ライン見た?」
「見てない。なんて?」
「大野さん事故ったんだって、バイクで。入院するらしいよ」
「え? なんて? そっちウルサイんだけど。どこにいんの」
「電車のあいだのとこ! あのね、大野さんが事故ったの! 入院」
「マジ? あの人危険運転だからなー」
「でさあ! お見舞い行こうってなってんの!」
「えー、いつ?」
「これからよ! 練習ないんだもん。晴も行けるでしょ!」
「これから? 今日入院したんでしょ。邪魔なんじゃないか」
晴は至極もっともらしいことを言う。
「知らない。でもみんな行くって言ってるよ」
少し時間を置いて、晴はあまり乗り気でなさそうに、わかった、行こう、と言った。
晴と待ち合わせて病院の詰め所で部屋を尋ねると、六名収容の大部屋にいるらしかった。エレベータを待っていると、車いすに乗った老人の集団が看護士に付き添われてぞろぞろやって来て、看護士まで一緒になって茜と晴の出で立ちを穴が開くくらいジロジロと眺めた。茜は自分を見る彼らの表情を全部並べて写真に撮り、ツイッターに投稿してやりたかった。写真には、「歳取ってもこうはなりたくねーよ」というコメントを添えるのだ。
病室に入ると出入り口に一番近いベッドに大野が寝ていて、他のメンバーはすでに到着し、笑うでも話すでもなく座っていた。茜はその雰囲気に呑まれてしまって、目が合って会釈だけし、逃げるようにしていったん部屋を見渡した。他のベッドには見舞客は来ておらずカーテンを閉め切って静かだったが、客がいるはずの大野のベッドがひときわ暗かった。茜は少しのあいだ突っ立っていたが、晴に背中を押されるようにしてカーテンの仕切りの中に入った。
ベッドの上の大野は想像していたより痛々しい姿をしていた。顔と頭、左肩は包帯で覆われていて、ぐるぐる巻きの左腕はベッドの柵に固定されている。
「大丈夫っすか」
晴が声をひそめて言うと、大野は、お、とだけ返事をして右腕を小さく上げた。茜は何も声を掛けることができず、これまで小躍りしていた自分の不謹慎さにやっと気づいたが、それでも大野の容体を心配する気持ちは微塵もあらわれてこなかった。
それから、他のメンバーが大野の容体や事故のときの様子を話し始めて、ようやく茜も会話に加わった。大野は見た目ほどはひどい状態ではないらしく、普通に会話もでき、自分で全治二週間だと言った。茜は大野の容体そのものよりも会話が始まったことに安心したが、話しているあいだ、ある違和感につきまとわれた。古株たちの雰囲気が、いつもとは違うのだ。もちろん大野のことがあるからこそなのかも知れないが、それだけではない重苦しさがベッドの周りの空気に感じられた。茜は救いを求めるようにして晴の横顔を盗み見たが、彼がこのおかしさに気付いているのかそうでないのかまるでわからず、失望した。
おかしさの理由は、メンバーのひとりから唐突に与えられた。
「あのさ。さっきお前らが来る前に話してたんだけど。これが潮時だと思うんだ」
「えっ」
茜と晴はほとんど同時に言った。
「ほんとはさ。晴が入って来る前から話してたことがあったんだ。このままヴォーカルも来なけりゃやめようって。いつまでも続けてられるもんでもないしって」
「でも俺、入ったじゃないすか」
晴が間抜けな声で反論した。茜は黙って、喉の奥から飛び出そうとする喜びを噛み潰していた。解散。これで晴を堂々と他のグループに連れていける。スーパーのババアから遠ざけることだってできるかも知れない。
恋人は明け方にバラードを歌う 射矢らた @iruya_rata
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