第48話 エピローグ
結局、勇者ケイにすげなくペンダントを突っ返されたアイは、泣きながら塔を後にする。このまま自分の部屋に引きこもりたいところだが、周囲がそれを許さない。あれよあれよという間に準備が進み、あっという間に輿入れへ向けて王国を出発する日が来てしまった。アイは見送る国民の人垣の中にケイの姿を探すが、ついに見つけることができないまま、花嫁行列は国境を超えてしまった。
悲嘆に暮れるアイ。ここまで酷い顔の花嫁もなかなか珍しいだろう。アイ達一行は、もくもくと隣国のカワゴエ王国の中を突っ切る。途中、アイがヤケクソになって各地の名物を食い散らかして、周囲の護衛達が恥ずかしい思いをしたのはさておき、シーサイド王国には無事に入ることができた。
ところが、シーサイド王国に入ってすぐの宿場町に到着した途端、事件は起きた。花嫁行列が襲撃されたのだ。対する黒づくめの集団は総勢五百。アイ達一行は僅か百で、護衛たちも手練とは言えない。アイは早速剣を交えようと馬車の外に飛び出したが、今の格好は花嫁仕様のひらひらドレス。いつもの身軽な王女スタイルではない上、最近は輿入れ準備が忙しいあまり、前線にも出ていなかったので腕も完全に鈍っていた。もともと剣は得意ではない。魔法を使う手もあるが、アイは主に広範囲を対象とした大規模なものを得意としており繊細なコントロールができないので身内を巻き込んでしまう恐れがある。では日本語を使うといっても、これはしばらく封印しておくようにと王妃から言い含められたばかりだった。
戦況は初めから厳しく、あっという間に味方の護衛が倒れていく。一方、斬っても斬ってもそこかしらから湧いてくる敵。赤黒い雨が降る中、アイが最悪の結末を想像して半泣きになっていた。横の一人を飛び蹴りして態勢を整えたあと、前方の二人を交わし、その向こうにいる司令官らしき者を狙う。小柄な体躯を活かして死角になりやすい場所から間合いへ滑り込んだ。身体を低くして、命はとれずとも足の腱ぐらいは切り落とそうと狙いを定めた瞬間。アイの視界は真っ暗になる。土臭い。ずた袋を被せられたのだ。見る間に手足は紐で縛られて身動きがとれなくなる。
アイは半狂乱になりそうになりながら口を大きく開いた。しかし、そのままの状態で動きを止める。目からはドッと涙が流れ出した。もう、勇者ケイを呼ぶことは叶わないのだ。
「あやちゃん! この後はどうなるの?!」
「ちーちゃん、聞きたい?」
「うんうん!」
「じゃぁ、特別だよ?」
皆様、こんにちは。私、一ノ瀬愛(いちのせ ちか)です。春休みに入り、文芽先輩とはあやちゃん、ちーちゃんと呼び合う仲になりました。
「実はね、この黒づくめの集団を率いていたのはケイなんだよ。ケイはアイよりも早くシーサイド王国へ潜入していたの。シーサイド王国は元々独立気質の強い地域が多くてね。そんな国内の反乱や分断を抑えるためにも皆の意識を外に向けさせるために他国へ侵攻していた実態があったんだよ。でももちろん、それに反対する勢力というのもいるわけで、ケイは自分の元の世界の知識を武器に自分を売り込んで、その勢力の仲間入りを果たしていたんだね。アイが輿入れするということは、シーサイド王国にとっても良いことばかりじゃなくて、実家への支援やら有事の際の援軍の増援だとか、いろいろ義務が発生するんだけど、シーサイド王国はそこまでのゆとりは現在ないの。だからそこまで無理しなくてもいいのにっていうのが、反対派の主張。それからね……」
「あやちゃん、これぐらいでいいよ。あまりたくさん聞いてしまうと楽しみが無くなっちゃう」
「ごめん、そうだね。ちーちゃんは文芸部の中でも貴重な読み専だから、よかったらまた感想教えてね」
「うん、任せて!」
私とあやちゃんはお互い笑顔になって、お兄ちゃんが焼いたクッキーに手を伸ばした。あぁ、美味しい。
それにしても、ここまで来るのに本当に長かった。ご存知の通り、全ての糸を引いていたのはこの私なのだ。
お兄ちゃんにあやちゃんの存在を意識してほしくて、まず小説を読ませたのは私の策。隠れ文芸部員の私は、以前からあやちゃんと顔見知りだったからね。放課後、部室で質素なお茶会をしながらおしゃべりしているうちに、あやちゃんの気持ちに気づいてしまったのは夏前のことだった。私としては自慢のお兄ちゃんをみすみす他所の女の子にあげるなんて我慢ならないこと。だけど、私がしっかり見極めた人だったら構わないかな?と思うようになったのだ。お兄ちゃんにも幸せになってほしいからね。お兄ちゃんはいつも美味しいご飯を作ってくれるし、昔から憧れだった健司くんをしょっちゅう家に連れてきてくれたから、恩返しもしたかったの。
結局二人は、私がセッティングすることなしに出会っちゃった。これはあやちゃんの奇策がものを言ったのだろうな。もう、あんな捨て身の作戦はとらないでほしい。お兄ちゃんだって、男の子なんだから!
でも、私もあまり人のことは言えないかもしれない。私はお兄ちゃんの担任の先生にとある交渉をしたのだ。それは、あやちゃんの上海行きが無くなったことをお兄ちゃんに秘密にしてほしいということ。私はどうしてもサプライズを成功させたかったから、お兄ちゃんの目を盗んで数日間化学準備室に通いましたとも。そして導き出した条件は……私の幼少時の可愛い写真を渡すということ。先生はご満悦だったけれど、私は何か大切なものを失ったかのような気持ちに。このことは墓場までもっていく秘密にしよう。
「ちーちゃん、最後の一つ食べていい?」
「いいよー。次は何作ってもらう?」
「何がいいかなぁ」
私たちの前にはたくさんの選択肢がある。一つしかないと思っていても、本当は隠れているだけ。たくさんの分岐点が連なって私たちの人生は成り立っている。
「やっぱり、唐揚げかな!」
「そうだね!」
おやつの話をしていたはずが、いつの間にか夕飯のメニューの話になってる私たち。
来月から、私とあやちゃんとお兄ちゃんは、同じこの家から同じ高校に通って同じ家に帰ってくる。きっとこれも、分岐点(ブランチポイント)にちがいない。面白いことが起こりそうな予感。期待に胸を膨らませる。そんな春の昼下がり。
ブランチポイント〜俺と君と小説と〜 山下真響 @mayurayst
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