第34話 エンドオブザイヤー1
これが男と女の違いってヤツなのか?
文芽の涙については、ほぼ徹夜で考え続けた。でも軽く頭痛がするだけで、思考は完全に袋小路へ迷い込んでいた。
俺は翌日クリスマス当日の昼になっても、前日の後遺症を引きずっていた。外泊連絡が入ったのに帰宅している息子。オカンは何か感じるものがあったのか、休日出勤を午前で切り上げて帰宅。珍しく台所に立っている。ちなみに、元々料理は上手い人だ。俺の師匠でもある。あっという間にクリスマスランチが完成し、食卓には彩り豊かな料理が並べ立てられた。大好きなチキンも喉が通りにくい。こっそりと深いため息をついて、俺は事態の重さに自覚し始めていた。
整理しよう。
まず、手紙で呼び出されて家に行った。
強制的にお泊まりになって風呂を借り、部屋に入れてもらった。
俺からすると明らかに合意の上でキスをした。
何が悪かったのだろう。キスの仕方が下手だったとか? でも、それは経験豊富じゃないんだから仕方ない。てか、この歳で慣れすぎてるのはかえって拙い。
「どうすっかなー」
ベッドでゴロゴロしても答えは出ない。けれど、食欲が落ちるほど落ち込むことになるとは、我ながら驚きだ。それ程に俺は文芽のことを……。
俺はこれからどうしたいのだろう?
この答えは簡単に出る。
もう一度、文芽と普通に話せるようになりたい。
こうなったら、もう一度キスしてみたいとか、そんな願いは叶わなくてもいい。そりゃ叶った方が嬉しいけれど、まずは文芽に元気になってもらいたい。そのために、俺ができることって何だろう? 余計なことをしてさらに怒らせることはしたくないし。
「仕方ない。困った時は委員長だ」
女子のことは女子に聞くべし。そう信じてメールする。
昼三時。高校の校門前に到着すると、委員長は既に待っていた。
「急に悪いな」
「いいのよ? 私、頼られるのって好きだから」
ニカッと笑う委員長。やけに乙女趣味なワンピースを着ている。乙女すぎて、男ウケは考慮されていないデザインである。これってもしかして……。
「あ、これ?」
委員長は、俺の視線に気づいてしまったらしい。ダッフルコートからはみ出たヒラヒラのスカートを指先で摘むと、優雅にお伽噺のお姫様みたいな礼をしてみせた。
「これ、いいでしょ? 私、自分でデザインして作ったんだ!」
「あれ、俺の勘違いかな。俺たちは確かプレ受験生であって……」
「もう、塾の先生みたいなこと言わないでよ。だって、ほら、息抜きって大切でしょ?」
馬鹿言うな。ちょっとの息抜き程度では、こんなヒラヒラワンピースは一から作れないだろう。ミシンの縫い目は既製品並みに丁寧だし、デザインからしているとしたらどれだけの時間がかかっているのだろう。きっと高度な知識もたくさん必要としたはずだ。
俺は校門前から、川の方に向かって歩き始めた。さすがにこんな目立つ場所で相談できるような内容ではないからだ。委員長は俺のすぐ隣を歩き始める。両手はコートのポケットに突っ込んで、少し背中を丸めた彼女の姿はやや新鮮なものがある。
「就職やめて進学しろって言ったのは、どこの誰だっけな?」
ここまで言うと、さすがの委員長も赤くなって口を噤んでしまった。ちょっと言いすぎたかな。ま、珍しく可愛い表情が見れて俺は満足だけど。
「もし、ね。これはあくまで、もし!の話だよ?」
俯いている委員長の肩はいつの間にか震えている。寒いのだろうか?
「ん? 何?」
「もし私が、大学に行かないって言ったら、どう思う?」
ダイガクニイカナイ? 何それ、どこの国の方言だ?
「そうだよね。普通、そういう顔するよね」
俺たちは、堤防に辿り着いた。夏は緑の草が広がる河川敷も今はすっかり茶色一色。今日は風もあるので散歩している人もほとんど見かけない。
「私、本当はね、服飾系の専門学校に行きたいんだ」
委員長が服に興味を持ったのは幼稚園の頃のことらしい。わりと歴史がある。遊んでいたお人形の着せ替えをしているうちに、自分なりのデザインを思いつくようになり、今では自分の服も作れるようになったとか。ネットで知り合った同じ趣味の人達でサークルも作っていて、無茶祭の時の衣装でお世話になったパタンナーはそこで知り合ったそうだ。
「委員長も、夢があったんだな」
委員長は一瞬驚いたように目を見開いたけれど、すぐに寂しそうに肩を竦めて目を細める。
「そこ、座ろう」
いつの間にか随分歩いていた。ちらりと振り向くと、高校の屋上がかなり遠くに見えた。俺たちは、あてのない散歩をしている。まるで人生の縮図を歩くかのように。
枯れた草がぺちゃんこに潰れている辺りを縫って、堤防を少し下っていく。今にも潰れそうな木のベンチを選んで俺達は座った。
「人に服着せるっていいよね」
委員長は、誰に言うでもなくこう呟く。俺は執事服を思い出した。そしてそのジャケットを羽織った文芽のことを。
「遠い目してる」
「そっちこそ」
腕で委員長をつついてやった。俺たちの距離は三十センチ。
「自分の服を着せると、その人を自分のものにしたような気持ちになれるの。そして、優越感に浸る。私って、少し変でしょう?」
なんとも言えない気持ちになった。どんな顔をすれば正解なんだろうか。そっか、今俺は女の子と二人きりなんだ。そんな自覚がようやく込み上げてくる。
「分かってるよ」
委員長がこちらを見つめる。切なげな瞳に吸い込まれそうになる。
「何が?」
と言ったものの、俺は分かっている。薄々だけど、これぐらいの空気なら俺にも読める。
冬場の睨めっこ。ドライアイにはいささかキツイ。耐えきれなくなって瞬きをすると、いつの間にか三十センチがゼロセンチになっていた。
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