第31話 ホーリーナイト1
とりあえず、どこか店にでも入って暖かくするか、文芽のコートでも見繕いにいかねば。そう思って、繁華街の方へ歩き出そうとしたのだが。
「痛!」
文芽が凄い力で俺の腕を引っ張った。そう言えばコイツ、怪力だったな。
「勝手なことしないで。連れ去り事件はお断り」
「は?」
「これ、読んで」
見ると、文芽は長い前髪の向こうの瞳を爛々とさせている。目の前に差し出されたのは、何の変哲もない白い洋封筒。無論、断れる雰囲気は皆無なので、恐る恐る受け取ってみる。封を切るとと、中には一枚の便箋が入ってあった。
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一ノ瀬くん
先日は美味しいお夕飯をどうもありがとう。
文芽は、もう一度あなたのご飯を食べたいそうです。
そこで、我が家に食材を用意してみました。
すみませんが、何か作ってやってください。
最近文芽は食欲も無く、部屋に篭もりきりで心配しています。
どうか文芽を励ましてやってくださいね。
一ノ瀬くんにしか頼めないのです。よろしくお願いします。
お夕飯は私も是非ご一緒したいのですが、あいにく出張が入っているので不参加となります。
私の戻りは三日後ですから、どうぞ我が家でゆっくりしていってください。
ただし、節度を守ったお付き合いにすること。
それでは、最後に素敵な思い出を文芽に作ってやってください。
五反田淳子
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「文芽、何書いてるのか知ってた?」
「うん。家に来てとか、ご飯作ってって書いてるんでしょ?」
「そうだね。大方そんな感じ」
どこか、心に『引っかかり』ができた。チクリとする。でもそれが何なのか、この時の俺はまだ気が付いていない。
「おじゃましまーす」
文芽の家の玄関に入ると、中はすっかりクリスマス仕様に飾り付けされていた。ドアには可愛らしいクリスマスリース。やや手作り感がある。吹き抜けのロビーには背の高いモミノキがそびえてきて、金銀のリボン、赤や白の飾りが至るところにくっついている。洋館のような佇まいのこの家にぴったりの演出で、ここは海外かと錯覚してしまいそうになる。階段や天井の梁の辺りには電飾まで仕込まれていて、暗くするとさぞかし豪華なイルミネーションになることだろう。
ん? これ、誰がやったのだろう? 文芽の母親、淳子さんは仕事で多忙な人だし。未だに存在が掴めない父親がやったのか? そっと視線を文芽にずらすと、鼻先まで俺のマフラーをしっかりと巻いて内股になり、モジモジしていた。
「あのね。これね。私が飾り付けしたんだよ」
「文芽」
「は、はい」
「俺達は今、高校二年の冬だよな?」
「はい」
「まもなく、俗に言う『受験生』ってヤツだよな?」
「……はい」
「ついこの間まで定期考査もあったよな?」
「……」
「俺達の志望校って、どこだっけ?」
「……ごめんなさい。現実逃避してました」
柄にもなく殊勝な態度の文芽。格好が格好だけに、締りがないので残念だが、一応反省はしているようだ。同時に、俺は対決の勝利を確信する。
「ふーん。じゃ、約束通り、テストの結果を見せてもらおうか?」
文芽は、渋々といった体で、自分の部屋から俺が待つ玄関ロビーまでコンパクトに折り畳んだテストの解答用紙を持ってきた。俺は無言で文芽にてを差し出す。もちろん、早く見せろという意味だ。
「見ないで!」
「ここまで来て往生際悪すぎ」
「バカ! エッチ! 破廉恥! 変態!!」
「その言葉、そのまんまお前に返すわ」
文芽はあろう事か、胸元にテスト用紙十枚を押し込もうと苦戦し始めたが、育ちすぎたアレとサンタコスはパツパツ。俺の指すら入る余地は無い。俺は抵抗する文芽に背後から近づいて、ひょいとテスト用紙を奪い取った。背が高い方が有利なのだ。
現実逃避の方法が勉強だった俺と、クリスマスムードに流された文芽。当然、テストの点にはかなりの差が出るわけで。
「俺は78、92、74、83、80、89、95、69、90、85。そんで、文芽は」
俺は自分のテスト用紙の横に、文芽のテスト用紙を並べ始めた。
「56、72、63、60、71、77、52、80、65、59」
文芽は塩を振りかけられたナメクジのように元気がない。
「俺が負けたの、現国だけか」
「……悔しい」
「もしかしてお前、この点数っていつもより良かったとか……」
真顔になる文芽。平静を装ったつもりかもしれないが、バレバレである。降りる沈黙。俺はゆっくりと口を開いた。
「じゃ、俺の勝ちな?」
勝者。それすなわち、強者のことである。だからこれを言うなら今しかない。
文芽に一歩歩み寄った。たじろく文芽は、すぐ背後にあった壁に軽く後頭部を打ち付ける。
「文芽。あのさ……」
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