第29話 ダブルブッキング2
「ようこそ! 愛さんとお連れ様」
振り返ってすぐ目に飛び込んできたのは、小柄な男の子。ミルクティーのような色素の薄い茶色の髪はふわふわしていて、整いすぎたその端正な面立ちと上流階級を思わせる落ち着いた佇まいは美少年そのものだ。
俺は既視感に襲われた。そうだ。制服こそ着ていないが、確かこの子……いや、この人は……
「七井先輩! 本日はお招きどうもありがとうございます! 兄までついてきてしまってすみません。どうしても七井先輩とお食事したいと言うものですから」
そう、七井先輩だ! って、あれ? 愛?! 俺はそんなこと一言も言ってない。それどころか、何一つ知らなかったんだぞ?!
俺は愛の脇腹をつつきながら口パクで抗議。でも愛はそっと七井先輩から顔を反らすと、俺だけに見えるようにしてニヤついてみせた。もう、どうなっても知らないからな?!
「いえいえ、こちらこそ急なお願いでごめんね。無茶祭の人気者投票一位とミスコン一位は一緒にお食事して交流するのが伝統なのだけれど、まさか彼女に断られるとは思わなくって」
七井先輩には、無茶祭の時に見せたはっちゃた様子は無く、すっかり街に溶け込む大人のような雰囲気だ。それにしても、なんとけしからん伝統だ。で、なんで愛に白羽の矢が立ったのだろう?
「いいんです! ミスコン二位の私でもよければ、お食事ぐらいお付き合いさせてください!」
なるほど。一位が駄目なら二位の子を、というわけか。
「それにしても、彼はもしかして……」
七井先輩は突然こちらに近づいてきた。
「は、はじめまして! 妹がお世話になってます!」
いかん。挨拶とか本当に苦手なのだ。噛み噛みになってしまった。
「愛さんのお兄さん、一ノ瀬要くんだよね? これでも生徒会長やっていたし、人を覚えるのは得意なんだよ。無茶祭では、たくさんの女の子にキャーキャー言われてたね。喫茶店も素敵だったよ。特に、あのメイドさん」
メイド……さん? あの日、いかにもメイドらしい格好をしていたのは一人きり。そう、文芽だ。この人、どこまで、何を知っているのだろうか。
「そんなに機嫌を悪くしないで? 今日は彼氏持ちの妹さんと、その彼氏である君の親友のためにわざわざ来てくれたんでしょ? どうもありがとう」
そこまで分かっているならば、なぜ愛をデートに誘ったのだろう? 七井先輩程の方ならば、女の子なんて選り取りみどりのはずなのに。
って、あれ? 心の声が表に出てた? 七井先輩はちょっと困ったように小さなため息を漏らした。
「そうだね。寄ってきてくれる女の子は多いのだけど、正直積極的すぎるのは苦手なんだよ。特にクリスマスは捌くのが大変で。だから別の予定を入れて撒くことにしたんだ。協力させてしまってごめんね」
確かに七井先輩みたいなタイプだと幼女からかなり年上のお姉様まで広く人気を集めそうだ。人気者も実は苦労してるんだな。
「特定の人は作らないんですか?」
「今はまだ作るつもりないよ。でも、恋愛がんばってる人を応援するのは好き」
なぜ、そこで俺と目を合わせてくる?! 微妙な雰囲気に、愛は少しおろおろし始めた。それに気づいてふっと表情を緩める七井先輩。
「立ち話はいけないね。さぁ、続きは美味しいランチを食べながらにしよう? もちろん今日は僕がご馳走するから」
俺と愛はやや気後れしながらも、七井先輩の後ろについてホテル内へ入っていった。
ホテル内に入って判明したこと。どうやら、このホテルは七井先輩の家が経営しているようだ。行く先々で、七井先輩は「瑞希様」と呼ばれ、センスの良い制服に身を包んだ従業員達から丁寧な会釈を受けている。
居心地の悪さも行き届いたホスピタリティに和ませれて、すっかりレジャー気分になってきた頃。俺達を乗せた高速エレベーターはホテルの最上階に到着した。
「きれー!!」
「すげぇな!」
兄弟揃って庶民的でガサツな反応。そう、ここ最上階にあるレストランの大きな窓からは、俺達の住む街や港、海、その向こうにある島や橋まで見渡すことができたのだ。絶景! このホテルはこの辺りでは一番高い建物なので、視界を遮るものも無い。ちょうど今日はよく晴れ渡っているので見晴らしは最高だ。
「気に入ってくれた?」
「はい!」
兄妹の声が揃った。
さて、驚きはこれで終わらなかった。予想通りとも言えるが、ランチのメニューがすごくって。
正直言ってフォアグラなどの高級食材は不慣れなこともあり、美味いのかどうかは判断しづらい。けれど、艶やかでオシャレな盛り付けは目も楽しませてくれるし、素材本来の良さを活かした料理の数々はヘルシーでフレッシュな気分にさせてくれる。当たり前だけれど、ちゃんと出汁やソースに拘っていて、完璧に調和がとれたコース料理には、身も心も満たされた。
そして最後のデザート、ゆずのシャーベットがサーブされたタイミング。七井先輩は俺の方を見て、おもむろに口を開いた。
「要くんは、知ってる?」
今は妹である愛もいるため、名字ではなく名前呼びしてくれているらしい。
俺は、シャーベットを掬っていたスプーンを置いて、七井先輩の言葉の続きを待った。
「三田恵介くん」
「あいつ、何かしたんですか?」
「たぶん今頃、ミスコン一位の彼女と会ってるんじゃないかな」
ふと、先日の恵介の言葉を思い出した。女神。確かそう言っていた。もしかして、そのミスコン一位の女の子のことなのか?
「ミスコン一位って、先輩と同学年の八田美結(はったみゆ)さんのことですよね?」
愛は同じコンテストに出ていただけあって、さすがに知っていたらしい。俺はというと、噂で名前ぐらいは聞いたことあるけれど、顔までは浮かんでこない。
「そう、八田さん。僕ね、彼女とは付き合いが長いんだよ。幼馴染みに近いかな。あそこも資産家の孫だから、親同士に交流があってね。お互いに性格はそれなりに知り尽くしているつもりだ。だからこそ言える。三田くんは、大丈夫なのかな?って」
俺は意を決して尋ねた。
「それ、どういう意味ですか?」
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