第27話 アウェアネス&プロミス3

 現実逃避の方法は人それぞれだ。思い返せば、小さい頃は親に叱られてむしゃくしゃしていても、同い年の奴らと公園でサッカーしたらストレス発散できていた。騒ぎすぎて、近所のおばさんからうるさいって怒鳴られたことも良い思い出。それがどうまかり間違えたのか。今では料理がそれに替わっている。もしかして、ぼっち街道まっしぐらなのか。単なる家族サービスだということにしておきたい。


 夕飯はハンバーグにした。玉ねぎのみじん切りは包丁でしたけれど、キャベツの千切りはフードプロセッサーを使った。細く均一に切れるし、何より時短になる。これ、現役男子高校生(しゅふ)の常識。


 飯の後は勉強もやって風呂にも入った。こうなると、いよいよすることがなくなって、あの靴箱の紙切れと向き合わねばならなくなる。


 普通、匿名の手紙に書かれたメールアドレスなんて、出会い系か振り込み詐欺のどちらかだと警戒して見向きもしないだろう。けれど俺には確信があった。これは文芽からの挑戦状だ。


 学校は休んでいたはずなのに、どうやって俺の靴箱の中に手紙を入れたのだろうか。首を傾げながらも、長いメールアドレスを自分のスマホに入力した。


「普通にいこう、普通に」


 心の中のもう一人の自分が、『普通って何だよ?』と突っ込みを入れる。でも相手は普通の女の子ではないのだから、どうせ何をやっても変化球的な反応しか返ってこないだろう。


「気楽にいこう、気楽に」


 結局十分ぐらいかけてメール本文を書いて送信。そこから僅か一分後、俺のスマホはメール受信の音を鳴らした。


『あんな怪しい手紙のメアドに連絡してきた、その勇気を讃えましょう。あなたは間違いなく勇者です。そんな勇者様には、ミッションを一つ与えます。今月24日夕方六時に夢茶駅中央改札前の時計台に来ること! これは冒険者ギルドからの指名依頼で拒否は許されません。無事に達成したら褒章は弾みましょう。

あやめサンタより』


 アホか!! こんな命令口調のサンタがいてたまるか!!

 うっかり関西弁で叫んでスマホを放り投げてしまった俺。いけない、いけない。まだこのスマホ本体の分割払いは終わっていないんだ。大切に扱わないと。


 さて、気を取り直して少し振り返ってみよう。


 俺は真面目にメールしたのだ。

 風邪を引いたのかと心配していること。今日は真面目に授業のノートをとったから、見せて欲しかったら見せてやる。勇者といえば、あの小説に出てくる勇者ケイのことなのか? あの小説には俺のクラスメイトと酷似した人物がたくさん出てくるけれど、勇者のモデルは誰か分からないこと。文芽が元気になったら勉強の合間に小説の話もしてみたいということ。


 なのに、全部スルーされていた!


 でも、問題はそれだけではない。さりげなくデートの誘いを受けているらしい。らしい、というのはまだ実感が湧かないからだ。しかも今月24日とは、クリスマスイブ。つまり、リア充の祭典当日ではないか。場所も、この辺に住む年頃の男女がよく待ち合わせに使う所で、正直そこに文芽が立っているなんて想像がつかない。


 これは、罠か。誰の何の差金だ。

 『無事に達成できたら』という言葉も気になる。待ち合わせ場所へ向かう途中にトラップがあって、辿りつけなくなったりするのだろうか。


 女心と秋の空なんて言葉があるけれど、本当によく分からない。とにかく、どうせ拒否権がないことははっきりしてるし、こんな面白い子の誘いに乗らないなんてノリの悪い奴にはなりたくない。


 トクトクと波打つようなワクワク感が胸の中に湧き上がってきた。あまり認めたくないけれど、何かが始まる良い予感がする。どうせ禄でもないことしか起こらないのだろうけれど、いつも期待以上の展開を用意しているのが文芽だ。


 ベッドの上で何度か寝返りをうった後、俺は返事を書いて送った。


『分かった。

じゃ、クリスマスイブに姫をお迎えにあがります。

文芽の勇者様より』


 送った直後、後悔した。こういうノリのメールを書いていいのは可愛い女の子限定だ。野郎がやっても気持ち悪いだけ。あーあ。俺はれいの小説に随分汚染されているらしい。


 悶々としていたら、部屋の扉がノックされた。返事をする間もなく、ずかずか入ってきたのは風呂上がりの愛。身体には薄いタオルが一枚巻きついているだけで、スタイルが良いだけに目に毒だ。濡れた髪からはまだポタポタ雫が滴り落ちている。思わず手元にあった自分のタオルを手に取ったけれど、相手は女子高校生。いくら妹でも、今近づくのが許されるのは幼稚園児までだろう。でも放っておけないし……などと迷っていたのが悪かった。


「お兄ちゃん! 確かクリスマスの予定、何もなかったよね?!」

「え?」


 愛は興奮気味に自分のスマホを握りしめている。


「健司くん、お弁当屋さんの手伝いで忙しいからクリスマスなのに会えないの。それに、ちょっといろいろ協力してほしいこともできたから、お兄ちゃん付き合ってね!」


 ウインクを飛ばす愛。あ、タオルがちょっとズレた。さらに露わになる愛の胸元。思わずそれに目を奪われたばかりに、たった今予定が入ったばかりだと伝えそびれてしまった。


「え、でも」

「じゃ、デート楽しみにしてるね!」


 愛は手をひらひら振りながら去っていく。扉は何事もなかったかのように閉まってしまった。先程まで愛がいたところは、フローリングが少し濡れている。それをぼんやりと眺める俺。



 これは究極の二択だ。

 気になる女子か。妹か。



 俺、どうする?



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