第22話 マイフューチャーマイラブ5

 俺は文芽の後ろから伸びた長い影の先っぽを踏みつけるようにして歩いていた。自転車には乗っていない。文芽の髪は、夕暮れの川面と同じく明るいオレンジ色を映りこませて、キラキラと輝き靡いていた。

この絶妙な距離感。一緒に帰っているような、たまたま近くを歩いているだけのような。これは今の俺達の関係性を分かりやすく示している。


 文芽は、俺の自転車の車輪がカラカラと回る音と靴音で、すぐそばに俺がいることは分かっているはず。なのに前を向いたまま、ゆっくりと堤防沿いを歩き続けている。俺は無言に耐えきれなくなった。


「進路調査票、出した?」


 提出締切は明日だ。文芽は急に立ち止まり、こちらを振り返る。相変わらず無言だけれど、なぜか口元だけ笑っている。何がおかしいんだ。


「一ノ瀬くんは何て書いたの?」

「健司ん家の弁当屋に就職」


 文芽は吹き出すように笑った。唾までこちらに飛んできた気がした。


「笑うことないじゃん?!」

「笑うしかないじゃない」

「そういう文芽はどうなんだよ?」


 また口を噤む文芽。ちゃんと名前で呼ぶことで驚かせることができたようだ。


「私はちゃんと将来の夢があるから」

「それってもしかして」


 「小説家?」という言葉は、飲み込んだ。文芽の態度があまりにも毅然としたものだったから。硬い地面を踏みしめて、通学用鞄の持ち手をギュッと握り、こちらをまっすぐ見つめている。前髪でよく見えないけれど、間違いなく文芽は今、『良い眼』をしているのだ。


「一ノ瀬くんって、本当に甘ったれてるよね。ほんとに中途半端」

「どういう意味だよ?! 弁当屋を馬鹿にするな!」

「そんなフリーターみたいなので、ずっとやっていけると思ってるの?」

「引きこもるよりはマシだろ? ちゃんと働くんだから」

「どうかな? 私、一ノ瀬くんには期待してたのに」


 これまで文芽とはほとんど接点がなかった。こっそりこうやって会話するようになったのは最近のこと。俺はまだ文芽のことをよく知らない。分からないことの方が絶対に多い。それは文芽も同じはずなのに、何に期待されているのだろう? 勝手にがっかりされるのは腹立たしい。でも同時に『期待』という言葉は胸にキュッと突き刺さって、心臓をグッと握りしめている。この感覚、何なのだろう。


「やればできる子なのに。残念」

「やれば、できる……?」


 委員長と同じ言葉。なのに、文芽の声で紡がれたその言葉の響きは、心の中でどこまでもこだまして拡がっていった。


「一ノ瀬くんはいいよね。まだ夢を探すことができて。将来何になろうかな?とか、どんな風に生きていこうかな?って考えるのは、きっと楽しいんだろうね。でも、私はもう見つけちゃったから。ひたすら走るしかない」


 文芽はまた歩き出した。少しずつその背中が遠くなっていく。


「文芽!」

「何?」

「志望校どこ?」

「家まで送ってくれたら教えてあげる」


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