第19話 マイフューチャーマイラブ2

 俺は愛から『大嫌い』と言われた心の傷と健司への恨みを引きずりつつ、風呂に入った。ウガイをしようと思ってシャワーヘッドを口元に運んだ時、文芽のことを思い出す。指を突っ込まれた時のことだ。うっかり興奮しそうになって、慌てて周りを見渡す。大丈夫。ここは風呂場だ。誰も見てない。


 寝る前、部屋の電気を消してベッドの布団に滑り込むと、スマホをさささと操作した。すっかり習慣化した読書タイムである。今夜も更新されていた。俺はおそらく文芽が創り出したと思われる異世界へダイブする。そして、そのまま夢の中へ。










 アイは、途方に暮れていた。

 アイに仕える手の者や、なけなしの予算を叩いて雇った冒険者から上がってきた報告書を城の執務室で読む。どれも中身は至って単純だ。ただ一言『見つかりませんでした』という内容なのである。


 魔女に奪われた王家の宝剣。アレがないとアイはただの王女に成り下がってしまう。なんとしても取り戻したいのに、剣の行方はおろか、くだんの魔女の居場所まで分からなくなってしまったのだ。魔女はこれまでも国の内外で派手に活動してきたため、どこに居てもその存在感を示してきた。探すということなど、これまで一度たりともなかったのだ。それがこうも静かであると、もう悪い予感しかしない。


「エイは何を企んでいるのかしら……剣が無事だといいのだけれど……」


 エイは火力の強いワイバーンを従えているだけでなく、博識の美女。一般的な魔法も使えないことから、おそらくアイが探している宝剣は無用の長物だ。となると、既に破損し、破棄されている可能性も高い。アイは魔物のようにウーウー唸って、額を執務机に打ち付けている。そんな時、部屋の扉がノックされた。


「どうぞー」


 いかにもやる気のない声で応えるアイ。入ってきたのは、アイの一番の友でもある侍女ジェイだった。


「アイ様、れいの件でご報告があります」


 アイは、一層顔色を悪くした。

 れいの件とは、つい最近国内に現れた通称『英智の聖女』だ。白いローブを頭から被り、清かな声で人々に『精神の制御』について説いてまわっているという。その佇まいは聖女そのもので、人々の生活を豊かにするような知恵や工夫も授けていることから、子どもから老人まで幅広い支持を集めている。


 これだけ聞くと、傾きかけた国に差し込んだ一筋の光のように思われるかもしれない。しかし、この現象はアイにとって非常に都合が悪いのだ。


 聖女の説法に心を動かされた民草は、煩悩を捨て、理性的かつ合理的な精神を第一とし、生活するようになってしまった。規律正しく、風紀の乱れも無く、普通ならば大変喜ばしい風潮である。お陰様で、アイが探している剣の原動力である『煩悩』が著しく減ってしまったのだ。


「どうしよう。喜ばしいことのはずなのに全然嬉しくないよ!」


 干からびたヒキガエルのようになったアイは机に突っ伏した。


「アイ様、こんな時は最近かの聖女様が説かれているように、書き物などをなさってはいかがですか?」

「書き物?」

「そうです。思いの丈を文章にぶちまけるのです。気持ちがすっきりして、その後は穏やかな心で生活できるようになるそうですよ。聖女様は下町で子ども達に文字を教える学校までお開きになったそうです」

「聖女すげぇ……」

「アイ様ならば何を書けば良いでしょうかねぇ。やはり食べ物のことでしょうか」

「和食……鰹節……」


 アイが、以前勇者に食べさせてもらった和食の料理の数々の味を思い出し、脳内トリップへ旅立とうとした瞬間。ジェイは、ポンッと手を叩いて目を輝かせた。


「そうだわ。アイ様、勇者様に日本語とやらを教わってはいかがですか?」

「あの、ひょろひょろしたり、カクカクしたりしている不可思議な文字のこと?」

「そうです! あれが読めるようになれば、勇者様のレシピノートも読めるようになりますよ!しかも、勇者様から教わるとなったら二人の仲は……ぐふふふふ」


 ジェイはすっかり恋バナモードに突入しようとしているが、アイは色気より食い気なのだ。アイは椅子から勢いよく立ち上がる。


「そうね! こんな時は食べ物のことでも考えて元気を出すに限るわ! 勇者様に日本語を教わってくる!」


 アイは執務室を飛びだした。






 ペンネーム『ご飯のお供』先生の小説の最新話はここまでだった。でも、この後スマホを握りしめたまま寝落ちした俺は、夢の中で小説の続きを見ることになる。


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