第16話 ウエスタンスタイル2

 俺はノリ子に言われた通り、彼女に背を向けて座った。ノリ子も俺に背を向けたようだ。なぜ分かるのかというと、俺が向いている壁の端の方に全身を映す鏡があったからだ。


 俺は予想を始めた。

 本物の猫が出てくる。なぜか俺のクラスメイトが飛び出してくる。劇不味スイーツが出てくる。それとも、恥ずかしがるということは……いや、これはさすがにないだろう。


 と、思っていた頃もあった。

 俺は鏡に目が釘付けになっていた。


 衣摺れの音。そう、ノリ子は脱いでいた。まさか鏡に映っているとは思っていないのだろう。ためらいなくブラウスを脱いでキャミソール姿になる。続いてスカートまで。あ、イチゴ柄だ。アイと一緒だ。って、どこまで脱ぐんだ、おい?! キャミソールも脱いだ。これって単に部屋着に着替えようってことだよな?! 下半身……じゃなくて、頭の中が沸騰して止まらない。


 完全に下着姿のノリ子は、さらにワンステップ上のことを始めた。ブラジャーをはずしたのだ。鏡には、白い横乳がくっきり映っている。角度的に先端までは見えないけれど、その豊満な丸みは凶悪な程に扇情的。確かにこれは罰だ。忍耐が鍛えられる。んぐぐぐぐ。


「もうちょっと待ってね。素敵な服に着替えるから」


 なんだ。服、着ちゃうんだ。

 一抹の寂しさと、安堵感がない混ぜになる。


 ノリ子は、ベッドの布団の中に手を入れると、何やら深緑のものを取り出した。服だ。


「もういいよ。こっち向いて」


 できるだけ、冷静を装わなくてはならない。けれど、なかなか興奮が収まらなくて、すぐにはノリ子の方をまっすぐ見ることができなかった。


「似合うかな?」



 ドレスである。丈は短い。膝上二十センチ以上であることは固い。昼間着ていたひらひらメイド服よりは大人しいデザインだが、明らかに普段街では絶対に着れないような代物である。それにしても、これ、どこかで見たような。


「あ、アイ?!」


 そうだ。これはれいの小説の主人公、アイと同じ格好なのだ。色だけではない。腰のリボン、セーラー服みたいな襟のついたデザイン、首からかけた赤い石のついたペンダント。よくここまで再現したものだ。軽く感動している。


 さて、ここからはいよいよ小説談義か?! と思いきや、不意に部屋のドアがノックされた。


 嘘だろ? こんなことするのって、絶対にノリ子の親しかいないじゃないか! なんたって、ノリ子は一人っ子なのだから。


 勝手に挨拶もせず上がりこんでしまってすみません。同じクラスの者です。ノリ子さんにはたぶんお世話になってますし、仲良くしてもらっている気がします。家事は得意です。ノリ子さんとは清い関係です。これは概ね本当です。


 謝り倒すセリフを頭の中で唱えながら、ドアの方を振り向いた。



「ただいま! 先方様にドタキャンされちゃって、明日の商談が延期になっちゃったから……」


 立っていたのは、いかにもキャリアウーマンといった風のスーツの女性。長い茶色の髪の毛は、毛先を綺麗にくるくるカールさせていて、胸元までおろしている。白に近いベージュの服だからか、たぶんオバサンな年齢のはずなのに、とても清楚な雰囲気を漂わせていた。


「って、あら、文芽あやめ? お友達?」


 お、お友達……。お母様のお友達にもしてくれませんかね。けっこう好みなんですけど。


「……うん」


 返事するノリ子。声を出すまでの長い間は何だったのだろう。


「あら、文芽ったら、またその服着てるの? お母さんの力作を気に入ってくれるのは嬉しいけれど、もう少し豪華なのも着てみなさいな」


 まさかのお母様作の衣装でした。ということは、お母様もあの小説の読者なのか。小説は読み進めているものの、最近愛の帰りが遅くて全然話ができていない。何が『もっと仲良くなりたいから』だよ?!


 家族の会話を交わす親子を尻目に俺はこんなことを考えて、いつの間にか一人の世界に入ってしまっていた。


「で、そこのあなた?」


 あなたって俺のこと? 緩んでいた気を締め直して居住まいを正し、ノリ子の母親の方に向き直った。


「名前ぐらい名乗ったらどうなの?」

「す、すみませんー!!」



 だから、妄想の中では既に挨拶済みだったんだってば!!


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