第15話 ウエスタンスタイル1
デカイ。健司からもらったルーズリーフには、確かに『お嬢様疑惑』が書かれてあったけれど、想像以上だった。
ここはノリ子ん家。門構えからして立派だ。半開きの車庫のシャッターの隙間からは、有名な某車メーカーのセダンが威圧的なオーラを放っている。表札にはちゃんと『五反田』と書かれてあり、庭先だけでも俺ん家が建てられるのではないかという広さだ。
ノリ子は鞄から鍵を取り出すと、ドアの二箇所に差し込んで解錠する。鍵からぶら下がっているストラップには白猫がついていた。これも情報通り。猫好きを伺わせてくれる。
健司がどうやってあそこまでのことをこの短期間で調べたのかという疑問はさておき、俺はノリ子に促されるまま、家の敷居を跨いでみた。
外見もそうなのだが、ここは古い洋館のような雰囲気なのだ。玄関入ってすぐの場所はホールになっていて、天井が高い。見上げるとステンドグラスもついていた。入って正面には二階へ続く螺旋階段があり、木の温かさとクラシックな洋風の壁紙に囲まれたこの空間は、明らかに一般庶民の家ではない。俺ん家なんて、靴箱や傘立て、脱ぎ散らかした家族の靴ですごく狭いけれど、たぶんあれが普通。これは、おかしくはないけれど、おかしい。
ノリ子は、壁際のスイッチでアンティークなシャンデリアの灯りをつけると、俺がもっていた手提げカバンの持ち手を引っ張った。
「こっち」
ノリ子の部屋は二階にあるようだ。
ノリ子の部屋は、猫だらけだった。
壁には猫の顔をモチーフにしたフォトフレームがかかり、布団は猫柄、クッションは猫の形、足元のカーペットまで猫だった。いくら好きだからって、ここまですることはないだろうに。
ノリ子はちょっと待ってと言い残して部屋を出たが、すぐに戻ってきた。手にはお盆があり、その上には高級そうなティーポットとカップが二つ。昼間のメイド姿がフラッシュバックする。
ノリ子の部屋は、案外庶民的だ。猫柄カーペットの上にある座卓に二人向き合って座る。見つめ合う。気まずい。でもこれは今に始まったことではない。
「なんで来たの?」
は?
強引に呼んだのは誰だっけ?
「私に何か悪いことされるとは思わなかったの?」
どうやら、俺をここへ連行したこと自体が『悪いこと』だという自覚はないらしい。年頃の男女が二人きりだとか、親に黙って男を部屋にあげるとか、完全にアウトだろ。確かに、ほいほいついてきた俺も俺だけど。でも俺にはちゃんと理由があるわけであって。
「ノリ子、そういう子じゃないだろ?」
「なんでそう思うの?」
「だって最近、ずっと見てるもん」
あ! ヤバイ! うっかりいつも観察してることを話してしまった。ノリ子は抱えていた猫クッションに顔を埋めて、くつくつと笑い声をあげている。これ、怒りの前兆とかじゃないよな? いや、怒らせたらまた触らせてもらえるかもしれないから、ラッキーなのか?
「私も、見てるよ」
私『も』?!
クッションから顔を上げたノリ子。前髪が乱れて、きれいな白いおでこが覗いている。
「私、ちょっと訳あって、人間観察が趣味だから」
「ふーん」
「というわけで、一ノ瀬くん」
ノリ子は、カップに紅茶を注いでこちらへ突き出してきた。良い香りと白い湯気がほわほわと天井へ昇っていく。
「まずは、言い訳を聞かせてもらいましょうか?」
ノリ子の目が光った。
放課後、ノリ子が教室に篭って何かしていたこと、俺が健司や恵介、愛に話したのがバレてたか。でも、俺に関係なく、放課後部活している人には既にバレてたみたいだから、元々あんなの秘密でもなんでもなかったんだ。だったら、わざわざお咎めを受ける必要もないわけで。
「別に俺が言わなくたって、公然の秘密ってヤツだったんだろ? 放課後教室を占拠したところで、あの時間帯なら誰にも迷惑かからないし、気にすることないじゃん!」
ノリ子は、あんぐり口を開けて、こちらをぼんやり見つめている。ん? 俺、変なこと言ったっけ?
「一ノ瀬くんって、馬鹿?」
「え?! なんでそうなんの?」
「そっか、一ノ瀬くんは気付いてなかったんだね」
「んん?」
「私、てっきりもう……」
もしかして、小説のこと? やっぱり、それが本物の秘密だったのだろうか? 書くべきか。聞かざるべきか。
そんなことを悩んでいるうちに、ノリ子は何かを決心したような、思いつめた表情になっていた。
「せっかく、とっておきの罰を用意していたのに」
「それって、また……」
「ううん、アレじゃない。あの時断られてショックだったんだからね! だからもう触らせてあげない!」
膨らんだ期待は風船のごとくパチンと弾けて破れてしまった。でも、ノリ子のことだ。おそらく罰と言っても普通のことではない。ここはさっさとお暇すべきか。
本能的に後ずさりして、腰を上げた俺。それを鋭い視線だけで制する、部屋の主ノリ子。
「だけど、せっかくだから、特別に見せてあげるね。恥ずかしいから、あっち向いてて」
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