第14話 イッツモーフィンタイム3
こんな事件もあったが、無茶苦茶喫茶は予定通りにオープンした。途中、七井先輩が訪れていたく気に入ってくださったらしく、れいのハイテンションな放送で宣伝までしてくれた。
おかげで、店は大忙し。なぜか俺とノリ子は引っ張りだこで、当初あるはずだった休憩もほとんど取れないぐらい。大変だったのはドリンク担当の恵介も同じだ。
何せ、メニューが大雑把かつ変なものだったので、他の誰も対応できなかったのだ。
まず、『辛い過去が忘れられる味のドリンク』。
これは、つらいかこ、と読んではいけない。からいかこ、と読むべきドリンク、もしくはスープである。具体的に言えば、カレーにキムチと唐辛子パウダーを入れたものが、シャンパングラスに入って出てくる。飲むとむせること間違いなし。すぐに、そんなメニューを選択したことを忘れて、なかったことにしたくなるだろう。
次に、『甘酸っぱい青春を満喫する味のドリンク』。
これはまだまともだ。ベースはレモン味のサイダー。なぜか苺が浮いている。この時期の苺は高いくせに酸っぱい。だから、値段設定も高い。素敵な青春はそう易々とは手に入らないものなのだ。
それから、『無茶苦茶スペシャル』。
見た目は黒っぽい緑。ドロドロしている。よく言えばスムージー。正体は、クラスのみんなの家の冷蔵庫にあった残り野菜を掻き集めて、ミキサーにかけたもの。どうしてこんなメニューで出店の許可が下りたのか、不思議でならない。
他には『本日のオススメ』というドリンクは、その時々で恵介が作りたいドリンクを適当に用意して出すというもの。『VIPな気分のドリンク』を注文するとロイヤルミルクティが出てくる。後は何があったかな。一応、普通のコーヒー、紅茶、緑茶もある。健司が用意した茶菓子各種もまともだったので、それでなんとか体裁を整えた形だ。
俺は一年の頃、少しだけファミレスでバイトしていたことがあるので、接客は余裕だった。でも客にはいろんな人がいるわけで、夕方近くにもなるとさすがに疲れが出てくる。俺はトイレへ行くついでに、少しだけ校内をうろついてみた。
今年は縁日系屋台が多く出ていて、あちらこちらから良い匂いもする。たい焼きを食べたかったけれど、後でこっそり休憩していたことが委員長にバレるとややこしいからやめておいた。
途中、文芸部のコーナーでは愛にも出くわした。なぜか売り子をやっていたけれど、なぜだろう? 確か部活には入っていなかったはずなのに。
クラスに戻ると、委員長がそばにやってきた。また何か怒られるか、変なものを着せられるのかのどちらかにちがいない。思わず気構えてしまったが、予想外のダメージを受けることになる。
「トイレ長いから心配しちゃった。私がたくさん働かせちゃったから、おなかの調子悪くなっちゃったのかな?って」
一斉に振り向くクラスメイトと店の客。ここで肯定すると、本当にトイレが長かったことになってしまう。不在が長かったのはサボっていたからだと正直に言えばいいのだけれど、委員長の怒りには触れたくない。迷った結果、苦笑いして厨房に逃げ込んだ。背後から「あんなカッコいい執事さんでもトイレするんだね」という客らしき女の子の声が聞こえた。なんか、いろいろ辛い。
無茶祭のコンセプトは、『無茶苦茶楽しむ』。これは、客が楽しむではなく、むしろ出店側の生徒が楽しむという趣旨である。こんな時だけバカ正直に祭りの方針を守った我ら二年八組は、無事に大きなトラブルもなく大盛況のまま閉店時間を迎えた。そして祭り終了をと同時に打ち上げに雪崩れ込むことになっていた……はずなのに。なぜこんなことになったのか。
目の前にはふくれっ面のノリ子。ちなみに、着替えて、ウィッグを外し、化粧まで落としてくれたものだから、見慣れたいつも通りの制服姿である。残念。
ここは、体育館裏にある倉庫。運動用のマットや跳び箱が高く積み上げられていて、埃っぽい。俺の手には二つの紙コップがあった。恵介から「ノリ子と二人で飲んでこい」と強引に押し付けられたものである。
「あの……」
俺は、ノリ子に一歩近づいた。ノリ子がここにいることは、委員長が教えてくれたのだ。ノリ子は、委員長に頼まれて、ここにいた七井先輩に何か書類を届けにきていたらしい。
今は、誰もいない。二人きり。
倉庫の高い窓から、夕陽が差し込んでいた。
「ノリ子、あのさ」
まるで、これからノリ子に告白でもするかのように胸がバクバクいってる。これまで俺を呼び出して告白してくれた子達も、こんな心境だったのかな。ものすごく緊張する。俺はただ、恵介に頼まれたドリンクをノリ子に届けにきただけなのに。
沈黙を破ったのは、ノリ子だった。
「ありがとうなんて、言わないから」
ノリ子は、顔を俺からそらしたまま。
「なんのこと?」
「これ」
ノリ子は、持っていた紙袋の中に手を入れる。出てきたのは執事ジャケット。
「あの格好、喜んでくれると思ってたのに」
喜ぶ? 本気でそう思ってんのか?
俺は、カッとなっていた。頭に血が登って、視界が赤く染まった気がした。
「あんなのただの露出狂じゃん!」
次の瞬間、右手に持っていた紙コップが飛んだ。大きな飛沫音。足元には歪な水溜り。甘い匂いが辺りに広がる。桃の香り。
ノリ子が俺を打とうとした。それを俺が右手で遮ったのだ。
ノリ子は肩で息をしている。長く伸びていた跳び箱の影は闇に溶け始めた。倉庫の中は見る間に夜になっていく。
「ごめん」
俺はそう呟いて、残った左手のコップをノリ子に突き出した。
「これ、飲んで。お疲れ様」
ノリ子は俺の手をじっと見つめた。
「一緒に飲みたい」
「……いいよ」
「先に飲んで」
俺はストローに口をつけた。甘い汁がすぐに上ってきた。
「ちょうだい!」
ノリ子がコップを掻っ攫う。食らいつくようにストローを咥えた。ちゅうちゅうと音が鳴る。その姿は幼くもあり、卑猥でもある。
「甘いね」
「そだね」
間接キスだなって思った瞬間、ノリ子の顔がニヤリとした。
本来のノリ子が、帰ってきた。
「今夜、うちの親、出張で帰ってこないの」
「ふーん」
「明日は学校休みだよね」
「うん」
「だから、うちに来て?」
え、それって……
「見せたいものが、あるの」
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