第12話 イッツモーフィンタイム1
無茶祭当日はあっという間にやってきた。それまでに行われた中間試験の結果などは忘れよう。忘れたい。
天気は晴れ。どこまでも高く澄み切った秋空の下、朝っぱらから校内放送が鳴り響いた。
「皆さん、おはようございますっ! こちら生徒会放送席、七井瑞希(なない みずき)です! 現在マイクテスト中! 無茶祭スタートまで後1時間! 泣いても笑っても当日なのです! 者共! 今日も無茶苦茶楽しむぞー!!」
耳がキーンとするような高音と共にスピーカーからの音は途切れた。声の主、七井先輩はつい先日まで生徒会副会長を務めていた三年生。九月末で引退したはずなのになぜ。彼は外見こそ小学生だが、中性的で整った顔立ちで、文武両道のハイスペック男子。女子からの人気は高いようだ。他校にもファンはいるというから、一般にも解放されるこの無茶祭では良い客引きパンダになるのかもしれない。おそらく今年の人気者投票もどうせ一位になるんだろうな。
さて、喫茶店開店準備のラストスパートに入った教室内。俺は居心地の悪さのあまり、逃げ出したい気分だった。
「お! 要はわりと普通だな! 良かったじゃん!」
文字通り他人事のように話すのは二宮健司。一通りの仕込みが終わったのか、厨房スペースのカーテンをかきわけて、こちらへ出てきた。裏方の衣装は、制服の上にお揃いの黒いエプロンのみ。羨ましいぞ。
「なんで俺だけ……」
執事なわけ?!
黒い燕尾服は、ぴったりと身体に沿っている。デザインは、ボタンなど細かな部分に至るまで拘りが感じられる。無茶祭がこの季節で良かった。用意されたものを一式身につけると、案外重いし暑いのだ。
俺以外の男子は、恐竜の着ぐるみや、ゲームキャラクターのコスプレなどなど。異次元の生物も多く教室内を跋扈しているので、開店前から既にカオスである。その中でなぜか現代的、かつ人間的な格好している店員(?!)は俺一人なのだ。
委員長には、知り合いにプロのデザイナーとパタンナーがいるらしく、俺用に特別に依頼して協力してもらったとか。ボランティアだとか言ってたけれど、本当に無償で大丈夫なのだろうか……。写真をいっぱい撮られてしまったけれど、まさかこれが報酬になってるとかいうオチじゃないよな? 縫製はクラスの女子が夜なべして仕上げてくれたらしいけど、プロ並みの出来上がりに若干引いている俺である。
「ま、いいじゃないか。委員長の機嫌が良ければ、クラスは平和だ」
一人頷く健司に引き続き、恵介もやってきた。
「要。今日はお前、あまり笑うなよ」
「なんで?」
「さっき委員長に言われて、写真撮る時に笑顔作ってただろ?」
「うん」
「あの後、写真くれって魔女が委員長を追い回してたぞ」
「え?!」
「あーあ。また事件勃発しても知らないからな。とにかく今日は笑うな。『当店の笑顔は有料です』って看板作っとこかな」
笑顔ってプライスレスが基本じゃ……。って、俺の笑顔はいくらなんだろう? 十円とか、すごく安い値段にに設定されてたら、それはそれで嫌だな。
その後、思わぬ出来事で俺の当惑は有耶無耶になってしまった。
「あんな子、うちのクラスにいたっけ?」
「ほんとだ。すっげぇ可愛い」
教室の入り口付近に人だかりができている。そこから魔女の声が聞こえてきた。
「見なさい! これが私の本気よ!!」
教室の後ろの出入口から廊下に出て、人だかりに回り込んでみる。野次馬の中に肩をわりこませ、渦中の人物を視界に入れた。
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