第11話 ケミカルリアクション3
ノリ子のことが書かれていたのだ。
一人っ子だということ。猫好きだということ。実は魔女に引けを取らないぐらいのお嬢さんだということ。つまりは、デカイ家に住んでいるということ。勉学は意外にも不出来で、中の下といったところ。などなどが、つらつらと書かれてあった。
「で、なんで?」
「なんでって、そりゃ……な?」
「な?って、何?」
「やっぱり友人のことは応援したいし」
「応援?」
「うん、恋のキュービッド的な」
俺は飲んでいたペットボトルの炭酸水を盛大に吹き出した。
「きったねぇ……」
さっと椅子ごと背後に後ずさる健司。こっちだって好きで吹き出したわけじゃないってのに。
「あー、もったいない。要、僕が代わりにいいものを用意してあげよう」
恵介がやってきた。右手の丸底フラスコには焦げ茶の水、左手の試験管には白い液体が入っている。知らぬ間に、目の前には一つのビーカーが置かれていた。
「いいか? 要。出会いとは、化学反応だ。二つの物質がお見合いすること。そして、何らかの反応を起こす。つまりは、新たなハーモニーをこの世に生み出すこと」
恵介はフラスコと試験管からそれぞれ液体をゆっくりとビーカーに流し込んだ。焦げ茶色と白が混ざり合い、マーブル模様を作って、ぐるぐると水面を旋回する。新たな液体がそこにはあった。
「ハーモニーは、奏でてみなければその善し悪しは分からない。ドリンクは飲んでみなければ、味の美味さは分からない」
恵介はガラス棒を使ってビーカーの中身を静かに掻き混ぜる。
「さぁ、召し上がれ?」
「えー?」
「はい、一気!」
「一気?!」
大丈夫。化学準備室の隣はトイレだ。イザとなれば、吐きに行ける。俺はビーカーを持ち上げた。小汚い色の水が揺れている。
「よしっ」
訳もなく気合を入れて、一気に呷った。
……あれ? これ、普通だ。
普通のカフェオレだ。
ってか、美味いんだけど。
「な? 先入観に囚われてはいけない。意外な組み合わせでも、上手くいくことはあるんだ」
恵介は得意げだ。上手いこと言ったつもりかもしれないけれど、コーヒーと牛乳なんてありきたりである。これがコーンスープとこし餡ならびっくりだけどな。
「意外って、俺とノリ子ってこと?」
「要、自覚ないもんな。妹があれだけ美人ってことは、兄も素材は悪くないってこと。血筋だな。魔女がたかってくるのも、おそらくその辺りが理由だろう」
「え? いや、それはない……」
「あるある! 隠し撮りには気をつけろよ? 特に体育の時間」
すっと背中が寒くなった。
「ともかく! これでちょっとは近づけるんじゃないの?」
恵介はニヤニヤしていた。ビーカーの中のカフェオレはまだ水面が少し波打っている。
ノリ子。ノリ子のことを考えると、気持ちがざわめく。
話をしたい。してみたい。このルーズリーフに書かれていないことを知ってみたい。
俺は教室に向かった。夕方のこの時間ならば、会える気がして。
でも、ノリ子はいなかった。
夜、恵介からメールが届いた。無茶祭絡みで、魔女対策の良いアイデアが思いついたらしい。そのアイデアとは……まぁ、俺の問題だから仕方ないのだけれど、ちょっと頑張る必要がありそうだ。
それにしても、健司と委員長も了承済みってどういうことだ? あの後二人とも家に帰ったはずだから、委員長とメアド交換したのかな。
俺は、れいの小説の最新話を読んでから寝た。もし、ノリ子が作者ではないにしても、少なくともこの作品の読者であることは確かなのだ。この話題ならば話せそうかなと思うと、急にワクワクしてくる。
宝剣を失ったアイは、勇者と共に、エイが住む森へ向かう旅に出発していた。旅の同行者は研究者のムエと、城の料理人エヌ。最後に、聖女ペンタだ。犬みたいな名前だが、元気いっぱいのショートカット美女という設定である。俺には、研究者が恵介、料理人が健司、聖女が委員長に思えて仕方がない。特にムエとエヌの二人の掛け合いには見覚えがあるのだ。やっぱり作者はノリ子、もしくは少なくとも同じクラスの人間なのだろうか。
無茶祭への準備は、委員長の指揮の下、計画的に進められていった。教室は放課後も賑やかになる。そこにノリ子の姿はない。委員長の指示がある場合は残って何かしているみたいだけれど。俺は未だに話しかけられずにいた。
れいの恵介発案の作戦についても準備は進んでいる。ちなみに、衣装班リーダーでもある委員長に、全身の寸法を採寸された。どんな衣装なのか尋ねても全く教えてくれない。
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