第9話 ケミカルリアクション1

 その日の夜、れいの小説はいつも通りに更新されていた。俺もついに『更新読み』するようになったのだ。なんて模範的なファンなのだろう。


 最新話では、アイが魔女に襲われてピンチを迎えていた。始まりは、大雨が降って土砂崩れが発生し、濁流が城の一部を飲み込んでしまったシーン。そのドサクサに紛れて、アイがいつも使っている宝剣がエイが操るワイバーンに奪われてしまったのだ。


 ワイバーンを追って、一帯がぬかるんだ泥水に浸かった城の庭を走るアイ。お約束のように盛大にこけて、アイは全身泥だらけになってしまった。アイは、剣がなければ何もできない。ただの姫でしかないのだ。それも落ちぶれた小国の。


 ちょうど、勇者は隣国へ観光に出かけていて不在だった。使えない勇者である。アイが途方に暮れて空を見上げるシーンで終わっていた。




 この小説の作者の名前は、『ご飯のお供』。やはり『ご飯のお供』先生の正体はノリ子なのだろうか。泥まみれのアイがノリ子と重なって仕方が無い。


 でも、いや、待てよ?

 主人公はアイ。愛!? もしかして、作者はうちの妹の愛(ちか)なのだろうか? もしくは、愛(ちか)がモデルになってるとか?! そんなわけ、ないよな。


 それとも、ご飯のお供、おとも、とも……智子、委員長?! だから、俺の意味不明な発言に対してあんな反応を……。いや、あの言葉だけでは、俺があの小説読んでいることはバレていないはずだ。でなぜ赤くなって恥ずかしがっていたのだろう?


 駄目だ。馬鹿な俺にはまだまだ分かりそうもない。





 木曜日の放課後。教室は妙な熱気に沸いていた。


「やっぱり定番お化け屋敷!」

「えー、占いやりたいよー」

「お前の占いとか絶対に当たらないに決まってる! 誰がクレーム処理するんだ!?」

「ねぇねぇ! ここは王道で劇やらない?!」


 文化祭、その名も学校の名前から引用されて『無茶祭(むちゃさい)』と呼ばれる祭りは、十一月の初めに予定されている。ミスコンや人気者投票などのコンテストに加え、各クラスや部活が出し物をするという、ごく一般的な内容である。今は、クラスの出し物を決めているところだ。


「はいはいはい!!」


 教壇で今日も仁王立ちする委員長は、一際テンションが高い健司を指さした。


「はい! そこのうるさい二宮くん、何ですか?!」


 健司は、すっと真面目な顔して席から立ち上がった。日頃おちゃらけてる奴が急にこんな顔をすると、それだけで面白い。ぷっと吹き出さないように我慢しながら、成り行きを見守る。


「委員長に畏み畏み申し上げまする!」


 おい、どこの時代の侍だ?


「我がクラスは、『無茶祭』の精神に則り、無茶苦茶なメニューを用意して、滅茶苦茶な格好をした店員がサービスする喫茶店を経営し、クラス全員が無茶苦茶楽しむのが一番だと存じ上げ奉りまする!!」


 忍者のごとき身のこなしで席から床へとひらりと舞い降りた健司。深々と頭を下げるこの姿って、これ、土へ座じゃないのか?! 対する委員長は妙に良い笑顔。いや、悪い笑顔。悪代官みたいに見えるのは俺だけか。


「悪くないわね。そして、いい眺めだわ」


 おそらく委員長は、本来人の上に立ってはならないタイプだ。彼女を委員長に選んでしまったクラスの諸君、全員で後悔しようではないか。


「皆、どう思う? 私は悪くないと思うのだけど」


 委員長は教室を見渡して睨みをきかせた。ではなくて、全員の反応を窺った。


 魔女は一人不機嫌そうにため息をついて髪をかきあげていたが、その他大勢は委員長にビビって首を上下に振るおもちゃのようになっている。こうして委員長の圧政の下、健司の提案が『是』と承認されたのであった。


 その後は、弁当屋の息子故か料理が上手い健司が料理班のリーダーに名乗り出て、いつの間にかドリンク担当に恵介がおさまっていた。危険すぎる。止めるなら今のうちだ。腹下す奴が続出しても俺は知らないからな!


 俺はノリ子の横顔を遠くから眺めた。教室内では、ノリ子は表立ってイジメられてはいない。誰も挨拶しないし、ノリ子本人もしないものだから、ただそこにいるだけの存在。ノリ子、こういう行事の時ってどうするんだろうな。そんな心配をしていたら、委員長はフロアスタッフの人員に俺やノリ子を加えていた。なぜか黒板に俺とノリ子の名前が隣り合わせになっていて、ドキッとした。悪い意味じゃない。なんというか、こう……上手く説明できないのだけれど。


 そうやってぼんやりしていた俺は、すっかり油断していた。だから、この直後委員長と目が合って、全身凍りつく思いをしたのは仕方がないことだ。委員長の口は「あ・と・で」と動いていた。うっかり読み取ってしまい、即座に頷いてしまった自分を呪いたい。


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