第7話 バッドデイ1
どこか頭痛がする月曜日。珍しく文字なんてものをたくさん読んだから、知恵熱が出る予兆なのかもしれない。
現在、昼休憩。ランチタイムだ。俺はブリの照り焼きを口に放り込んで咀嚼した。
「要の弁当、いつも美味そうだよな」
俺の前の席では、健司がこちら側へ向かって座り、売店で買っためんたいこフランスパンを齧っている。口元にピンク色のめんたいこがくっついているけれど、本人が気づくまでそっとしておこう。
「昨夜の残りだけどね」
今日も俺は弁当。朝から弁当のために新たなおかずを作る余力はない。そもそも俺は主婦ではない。
午後からの授業は物理と現国だ。先生には悪いが今日もゆっくり眠らせてもらおうか。食べ終わった弁当を片付けて、ふわっと大きな欠伸をした時だった。
「何かあったのかな?」
隣でスマホを弄っていた恵介が、窓の方を指さした。いつの間にか教室内はざわざわしていて、皆窓際の方に集まっている。野次馬はあまりしない方なのだけれど、なんとなく気になって俺も窓際に歩いていった。
皆、階下を覗き込んでいる。ここ、二年の教室と特別教室などが入ったB棟と、一年の教室が入ったA棟の間。建物の隙間はあまり陽が差していなくて、少し薄暗い。雑草が生えた足場の悪い場所に、女子が数名見えた。
「あれ、ノリ子じゃない?」
「魔女もいる」
「あ!」
そう、誰かが叫んだ瞬間だ。
魔女の手下二名が一人の女子を両脇から抱え込み、その場所に縫い付ける。さらにもう一名の手下が何か大きな声で罵って、銀色のバケツをひっくり返した。
広がる水しぶき。飛沫がスローモーションで目に焼き付く。バケツの中身は泥水だったらしい。全身すぶ濡れで灰色になった女子は、ゆっくりと空を仰ぎ見た。
俺の目にも確認できた。
ノリ子だった。
本当だったんだ。ノリ子がイジメられている。俺は思わず口元を手で覆った。恵介から聞いていたから、知っていた。けれど、こうもその惨状を目の当たりにしてしまうと、もう驚いてしまって。
ノリ子は、海苔のような髪から、灰色の雫を涙のようにボトボト落として、途方に暮れていた。
もしかして、これは初めてではなく、これまで何度もあったことなのだろうか。妹がいるから分かる。女の子は……いや、女子じゃなくたって、こんなことされて、ぐちゃぐちゃになって、人目に晒されて。どれだけ、悲しくて、憤っていることだろう。普通の神経では耐えられないことだ。見ているこちらが、このまま消え入りそうな気持ちになる。
助けなきゃ。
そう思うのに、なぜか身体が動かない。
なぜ、動かない? 目立つのが嫌だから? いい子ぶるのが嫌だから? 俺は友達もいるし、助けたところでノリ子のような目に遭うことはないだろう。では、相手がノリ子だから? 何考えてるか分からない女子だから? だから、俺は何もしないことを正当化していいのか?
魔女達一行は、楽しげな声を上げて去っていった。大変耳障りだった。
イライラする。
すごくイライラする。
「要、大丈夫?」
「なんか顔色悪い」
友人二人が心配してくれているようだが、その声は分厚いカーテン越しに聞こえてくるかのように遠い。黒く塗りつぶされていく胸のうちが恥ずかしくて、辛くて、でもどうしようもできなくて。人目を憚らず、雄叫びをあげたいような気分。
その時だ。
「一ノ瀬くん」
何なんだ、こんな時に。
声の方を振り向いた。
腕組みして仁王立ちする、少し背が高いショートカットの女子。
「委員長」
立ちはだかっていたのは、このクラスの学級委員。六十谷智子(むそた ともこ)だ。
「放課後、屋上に来なさい!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます