第6話 サイエンティストコメント3

「あの、小説の話に戻したいんだけど」


 俺が恐る恐る声を上げると、恵介はやれやれとばかりに溜息をついた。先程までいた隣の化学室にはエアコンが無かったので、汗をダラダラ流している。


「要、僕も話は聞いた。要するにアレだろ? ノリ子が気になると。そして、ノリ子とヤりたいと」

「それは言ってない!」


 恵介は俺の言葉を無視して続ける。


「でもノリ子はクラスのイジメられっ子だ。だから、気になったりして良いものだろうかと悩んでいる」


 すげぇ。さすが、よく分かっている。だからこそ、こうも図星だと返す言葉が見つからない。健司は、雑誌をパタンと閉じると、ちょっと真剣な顔になった。


「別にいいじゃん? これまでどんな可愛い子に告白されても断ってきた要が、やっと女子に興味もったんだぞ。嫌なところなんて、顔以外には特別ないんだろ? だったら、うっかり好きになっちゃってもいいわけだ」

「女子の一部がイジメてるからって、要までノリ子をそんな扱いしなきゃいけない理由はないと思うよ。何悩んでんの? 要は要の判断をするべきだ」


 恵介も健司の言葉に追随する。


 そっか。そうかもしれない。ノリ子は、ノリ子だ。今までは俺の中ではほとんど存在感のなかったクラスメイトだけれど、びっくりするほど握力が強くて、口調にも日頃は想像できないぐらいの勢いがあって、小説なんてものを書いているかもしれない不思議な女子。俺はその不思議が気になって仕方がない。それに、あんな柔らかな身体があの制服の下に隠されていたなんて……。



「よしよし。ちょっと元気になったな!」


 健司はほっとした様子だが、恵介は眉間に皺を寄せたままだ。


「じゃ、さっさと魔女を始末した方がいいんじゃないのか?」


 そうだった。それがあった。

 彼女は男子の間では魔女と呼ばれている。本名は四ノ森葵(しのもり あおい)。本当に高校生かと問いただしたくなるような妖艶な女だ。天然物のゆるふわウェーブがかかった色素の薄い長い髪をかきあげる仕草は、一部の男子を虜にしているが、俺の好みからはかけ離れている。ややツリ目がちの美人で、お金持ちのお嬢様という噂もあるが、どこか高飛車で常に上から目線で物を言う態度が気に入らない。


 さて、なぜ魔女のことが話題に上がるかというと、もう一年も前になるのだが、俺は魔女から付き合ってほしいと告白されたのだ。正確に言うと『あなた、私と付き合いなさい。あなたも私のことを好きになるはずよ』だったかと記憶している。靴箱に手紙を入れるという古典的な方法で校舎裏へ呼び出された俺は、あっという間に魔女の取り巻きに包囲されてしまった。そして先程の宣告がなされたのだ。


 健司は声を落として囁いた。


「要、知ってた? ノリ子をイジメてる親玉って、魔女らしいよ?」


 全然知らなかった。

 もし、俺がうっかりノリ子と話なんかしたら、あの魔女がどんな行動に出るか分かったものではない。


「なんとかしなきゃいけないのは分かってるけど。もう、あんな怖い思いはしたくないしな」


 魔女のことを考えると、気分は一気にブルーになる。呼び出された時にも、それ以降校内で出くわした時も、必ず『お断り』を入れてきた。それなのに、魔女は一向に懲りる様子がないのだ。



 その翌日は、幸いにして週末だった。夜更かしには最適。俺はベッドに寝転がってスマホを充電しながら、ある小説サイトのページを開く。I.D.とパスワードは記憶させているから、自動的に会員ページにログインできた。ブクマ欄にある目的の小説タイトルをタップすると、すぐにあの世界へダイブすることができる。


 活字が苦手な人間は、読むのが遅いのだ。俺はレイの小説をまだ半分程しか読めていなかった。更新日を見ると、どうやら本日も更新されている。作者はきっと、暇人に違いない。


 眠いけれど、続きを読もう。いつもは家事をこなしてテレビ見て、たまに勉強して寝るだけの毎日。こんなにワクワクするのは久しぶりだ。


 小説って、実は凄い物なのかもしれない。


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