第5話 サイエンティストコメント2

 翌日の放課後。俺は化学準備室にいた。帰ろうとしていたところ、担任でもある化学教師に拉致られて、週明けの授業で行う実験の下準備を手伝わされていたのだ。と言っても、実験の注意事項や参考資料をコピー機にかけて、クラスの人数分ホチキスでパチパチ止めるだけの簡単な作業。今は終わって、先生が職員室から戻ってくるのを待っている。


「要、あくびばっかり。昨夜ナニしてて、寝るの遅くなったとか?」


 ニヤニヤしながら雑誌を捲っているのは二宮健司(にのみや けんじ)。保育園の頃からの腐れ縁で、幼馴染だ。制服のシャツからはいつも派手な色のTシャツが覗いている。髪は少し明るめの色に染めているので、定期的に生活指導の先生に叱られているようだ。俺は、傍に置いていたスナック菓子の袋に手を突っ込んだ。これは健司が持ち込んだ物。夕方は小腹が空いて仕方がない。


「ばーか。お前と一緒にするな。小説読んでたんだよ」

「本嫌いの要が?!」

「うん。ウェブ上にあるタダで読める小説なんだけど、健司知ってる?」

「うん。けっこういっぱいあるよな! 文学系からキワドイのまでいろいろ。うちの親、漫画は怒るけど小説はOKだから、寝る前とかによく読んでるよ」

「そっか。じゃぁさ、『色気より食い気!アイは煩悩で世界を救う!』っていう小説知ってる?」

「あぁ……あれね! 和食食いたさに、勇者を巡って魔女と闘う話だろ? ランキングではそこそこだけど、ブクマ多いし、ファンは多そうだよな」


 ランキング? ブクマ? よく分からないけれど、健司はあの小説のことを知っているようだ。俺は昨夜、愛に教えてもらったリンクをクリックして早速読み始めた。まさか、ここまでとは思っていなかった。気づいたらカーテンの外が明るくなっていて、雀がチュンチュン鳴いている。あまりにも面白すぎて、うっかり徹夜してしまったのだ。


「じゃあさ、その作者が誰かって知ってる?」

「ペンネームのこと?」

「違う。あのさ、俺、作者知ってるかもしれない」

「え? どこで知り合ったの?! オレも知ってる人? 誰々?!」



 すごい食い付きようだ。脳裏にノリ子のギラついた瞳がふっと浮かび上がる。誰かに話したら……の約束は、昨夜早速愛に話してしまい既に破ってしまっている。でもこれは俺の勘違いかもしれないし、こいつらには話しても構わないだろう。


「聞いて驚くなよ?」

「焦らすな。早く言えって!」

「ノリ子だ」


 静かになる化学準備室。エアコンの機械音だけがやけに大きく聞こえる。


「要、何かあった?」


 こういう時、幼馴染というのは妙に勘が鋭くて困る。結局その後は洗いざらい吐かされてしまった。


「なるほど。要はあれぐらいのが好みなんだな。あの子、何カップぐらいなんだろ? これぐらいかな?」


 健司は、化学準備室の片隅に置かれてあったエロ雑誌を拝借してきてテーブルの上に広げた。これは生徒から没収されたものであり、化学教師の趣味ではない。たぶん。


「突っ込むところ、おかしくない?」

「いやいや、これは大事なことだって! ほら、オレはこれぐらいのがいい」

「俺はデカすぎるの嫌だな」


 その時だ。化学準備室の扉が開いて、こちらへツカツカと歩いてきた男が一人。こいつは俺の親友二号、三田恵介(みた けいすけ)。自称、未来のサイエンティスト。濡れたようにつややかな黒髪に眼鏡。白衣を羽織っているこの姿は『いかにも』だ。でも実際は、化学のテストなんて赤点ギリギリだし、やっていることは超絶不味いジュースのレシピ開発である。


 恵介は徐ろに白衣の胸ポケットからスマホを取り出すと、画面をこちらに突きつけた。



「僕は、これぐらいが良いと思う。そもそも、今時紙媒体を見るとかナンセンスだ。ネット漁ればいくらでもいいのが出てくるのに」

「お前はいいよなー。オレなんて、スマホは親に閲覧制限かけられてるよ」


 画面では、スレンダーな水着の姉ちゃんがこちらに向かってウインクを飛ばしていた。もうちょっとマシな待受にしろっての。


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