第4話 サイエンティストコメント1
帰宅すると家の中がやたら焦げ臭い。玄関に靴を脱ぎ散らかしたまま、異臭を辿ると台所にやってきた。
「お兄ちゃん、遅かったね」
見ると、制服からタンクトップ&ホットパンツに着替えた愛がシステムキッチンの前に立っていた。上半身はピンク色のエプロンで覆われているが、長く伸びた艶かしい脚は剥き出しである。
「あのね」
愛は、皿の上に並ぶ何かを菜箸で摘まんで持ち上げた。それは、黒くてゴツゴツしたもの。薄っすらと立ち上る煙は灰色だ。
「愛! 食べ物を粗末にしてはいけないってあれ程……!!」
「えへへ。ごめんなさーい」
言葉とは裏腹に悪びれた様子もなくへらっと笑う愛。肩をすくめて可愛こぶったところで、唐揚げになり損ねた鶏肉は、卵の時代から人生、いや、鶏生をやり直すことなんてできないのだ。
「せめて、食えるものを作れるようになろうな? 消し炭は、さすがに身体に悪いから」
愛は料理音痴だ。味がどうこう以前の問題で、とにかく相性が悪いらしい。勉強もそこそこできるみたいだし、彼氏はいない(と信じている。)けど友達は多くて人望があるし、俺の妹にしては基本的に出来が良い。でも人間誰しも苦手な事というのはあるようだ。
「やっぱり、お兄ちゃんのが好き!」
愛は満面の笑みを俺に向ける。その瞬間、脳内でその顔がノリ子にすり替わった。
「やっぱり、一ノ瀬くんのが好き!」
「俺も、ノリ子のが好き!」
詳しくは語ることのできない妄想が頭の中を駆け抜ける。
いやいやいやいや。絶対に無いから。いくら良い思いをさせてもらったからって、もっとお近づきになってみたいとか、これっぽっちも思っていないのだ。ただちょっと、興味を持ってしまっただけ。
日頃言葉もほとんど発さず、座敷わらし並みの独特のオーラを放っているノリ子が、小説なんてものを書いている。これには、頭をバッドで勢いよく殴られたかのような強い衝撃を受けた。それも、愛が読んでいるようなウェブでは有名な小説なのだ! 小説なんて、頭の硬いじーさん、ばーさんばかりが書いているものだと思い込んでた。文なんて読むだけでも大変なのに、書くとなったらどれだけ頭を使うことになるのだろう。もしかして、ノリ子って頭イイ?
今まで、美人すぎる妹をもってしまったせいか、なかなか女子に関心を持てずにいた俺。ここに来て、誰もが見向きもしない地味な女子が気になり始めてしまった。
「お兄ちゃん、どうしたの? 私、お腹すいた。お母さん達も、もうすぐ帰ってきちゃうよ?」
愛は夕飯の支度を催促しているようだ。でも、正直それどころではない。
「愛、うちのクラスのノリ子って知ってる?」
「あぁ……うん」
「もしかすると、愛が読んでる小説の作者かもしれない」
「嘘?! ほんと?! 何それ? マジで?!」
愛は、大袈裟だろうと突っ込みたくなるぐらい驚いた様子だ。
「なぜそう思ったの?」
「見たんだ。誰もいない教室で、ノートパソコン広げてて、その画面にタイトルが映ってた」
「なーんだ。それ、単に読んでただけじゃないの? 作者なんて、そうそう身近にいるわけないよ」
「そっか」
言われてみれば確かにそうだ。よりにもよって、ノリ子が面白い小説を書いているなんて、普通は考えられない。そう思うと、急に気分がスッキリしてきた。けれど、それもつかの間の話。
「気になるなら、聞いてみればいいんじゃないの?」
「ノリ子に?」
「そうそう!」
ノリ子に尋ねるとしたら、また夕方の教室に行けばこっそり会えるだろう。でも、また二人きりだ。さっきはノリ子の悪ノリをなけなしの良心を総動員して振り切り、必死で帰宅したけれど、次はちょっと自信ない。また「触ってみる?」なんて言われたら、頭下げて「触らせてください」とか答えてしまいそうだ。それ程に病みつきになる柔らかさ。アレの下に目を移すと、案外細い腰と、ちょっと大きめのお尻があった。とにかく、首から下は俺のどストライクなのだ。
「お兄ちゃん! もし本当に作者様なのだったら、一応作品は読んでおかないと失礼だよ! 後でURL送っておくから読んでおくこと!」
「はいはい」
言われずとも読みますよ。これまで漫画一辺倒だった愛でも楽しめる小説なのだ。日頃本なんて読まない俺だって、眠くならずに読めるぐらい、難しい話ではないはずである。
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