第3話 ファーストコンタクト2
やっと、記憶の糸が繋がった。
彼女の名はノリ子。本名は確か、五反田文芽(ごたんだ あやめ)。頭に海苔をべったり貼り付けたような黒髪のおかっぱ。前髪が長く、常に視線は下に向いているからこう呼ばれているのだ。根暗というよりも少し不気味な子で、クラスの女子からはイジメを受けているらしい。らしいというのは、まだ実際にこの目で見たことはないから。常に現場は男子が存在が無い場所だと、友人の三田恵介(みた けいすけ)は話していた。
ノリ子は、体をこちらへ向けて、顔を真っ赤にしている。もしかして、怒っているのだろうか? 俺の頭の中で警告音が鳴り響く。女子が一度こうなってしまえば、男子にできることなんて何も無いのだ。埃っぽいカーテンの脇から顔を遠ざけて、数本後ずさり。そのまま逃げるが勝ちだと思っていた時もあった。
「え? 何? 嘘? お前そんな怪力だったの?!」
施錠されていた扉が勢いよく開いたかと思うと、一気に教室の中へ引きずり込まれる。そのまま窓際の方まで連行されて、床に正座させられてしまった。
「あの、何で怒ってるの?」
「何しに来たの?」
「スマホ持って帰るの忘れてたから、取りに来たんだけど」
「……でも、見たでしょ?」
「何を?」
「私が今ここに居ること! せっかく一人で集中できる環境だったのに!」
俺はふとノリ子の目の前の机の上に何かがあるのを見つけた。ちょっと腰を上げて見てみると、ノートやメモ帳の切れ端、それからノートパソコンがあった。その画面には……
『色気より食い気!アイは煩悩で世界を救う!』
これ、知ってる。
さっき愛が話していたウェブ小説のタイトルと同じだ。タイトルの後も、縦書きで長々と本文が続いていた。これを表示させているのは、かの有名な文書作成ソフト。もしかして、ノリ子、お前って……
はっと息を飲んだ瞬間、俺の左腕は宙に浮いた。ではなく、ノリ子に掴まれていた。長い前髪のせいで、表情はよく読み取れない。顔は相変わらず赤いままで、どこかモジモジしている。
「い……一ノ瀬……くん! 今から、私の秘密と私の怪力を知ってしまった罰を与えます!」
ノリ子はギュウギュウと腕を握りしめる。そのまま雑巾みたいに汚い汁垂らしてモゲるんじゃないかと思える程の強さ。本当にノリ子は女子なのだろうか。この状況も全く意味が分からないけれど、とにかく早く解放されたい。
「い……いいよ? 痛いのは苦手だけど」
「……言質は、取ったからね」
ノリ子の口元がふわりと緩む。こちらは目を閉じて、おそらくこれから迫り来るだろう衝撃に備えて身体を固くした。
でも、やってきたのは……
「へ?」
ふにゃり。
そんな感じ。
豆腐みたいに、闇雲に柔らかいのではない。程よいクッション性。そして質量感。つまりはソレの重さが手のひらにいっぱいに広がる。それはまさに幸福とも言うべき至高の触り心地なのだ。
俺は、ノリ子の右胸を鷲掴みにしていた。ノリ子が、自ら俺の左手を胸に押し当てていたのだ。
「あ、あの……」
「触ったよね」
「は、はい。現在進行形で触ってます」
実際は、触るどころか揉んでいた。無意識に指が動く。この機会を逃すと、こんな上物とはなかなか出会えないかもしれない。本能がそう告げているのだ。
「……よろしい!」
「え?」
「もし、私の秘密を誰かにバラしたら、『一ノ瀬くんが私のおっぱい揉んだ』って言いふらすからね! 分かりましたか?!」
「ええええ?! はい! 絶対に言いません!」
誰もいない夕暮れの教室で、年頃の男女が二人きり。しかも相手はクラスでも浮いているノリ子だ。いくら素晴らしい揉み心地だからって、誰かにバラされるのは非常にマズイ。それでなくても最近俺は、これまた女子絡みで悪目立ちしているというのに。
「ほんと誰にも話さないから勘弁して!」
俺は名残惜しくも、ノリ子の胸から左手を離すと、もう片方の手とお見合いさせて頭を下げた。
「私となんて、やっぱり嫌なんだね……」
「え? 何か言った?」
顔を上げると、長い前髪の奥にあるノリ子の瞳がギラリと光った。
「一ノ瀬くん、他のところも触ってみる?」
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