第3話 刺客
「戻ってきてください!シホル様」
僕はもしかしたらな、ぐらいにはこの可能性を考えていた。
この魔族たちは、僕の配下だ。
そして、僕がノエルを育てるのに反対した者たちでもある。
ノエルを引き取ってまだ間もないころ、連日この者たちはこの屋敷に通い、何とか僕を連れ戻そうとしていた。
そしてこの者たちは一度、ノエルをさらった。
そうして人質に取り、僕に戻ることを約束させる算段だったらしい。
ノエルがいないと気づいた僕は、自分の持てる全力の魔法をもって、魔族領を除く周囲1000キロ範囲内の反応を探したが見つからなかった。
なぜ魔族領を除いたかというと、ノエルは少し特殊で、魔力の流れが他の者と違う。
誘拐犯はいかにノエルを隠そうとしても、結局すぐに見つかる。
だから魔族領にはいない。
いないと信じたかった。
仲間を疑うのは嫌だから。
相手に信じられていなくても、こちらが信じないことには何も変わらないから。
でも一応探知をかけてみた時の怒りは忘れられない。
座標がこの者たちの家と分かった瞬間に全てを察した。
あの時は危なかった。
危うく殺してしまうところだった。
しかしそれ以来この者たちは来る気配がなかった。
ほとぼりも冷めてそろそろ許してあげようかと思っていた矢先、これだ。
親友の声をまねて僕をおびき出した。
僕が怒りに震えていると、魔皇の一人が僕に言った。
「ん?シホル様?凄まじい魔力を有した武器をお持ちになられていますがどこか戦争にでも行くつもりですか?」
僕は自分の中で何かが切れる音を聞いた。
人差し指の爪を親指の爪で削る。
先ほどの魔皇が顔を青ざめさせた。
こいつらは知っている。
僕が本気で切れた時の仕草を。
僕は自分の手に持っている剣を何気なく振り上げ…
その時、背中に柔らかい感触があった。
ノエルが僕に抱き着いていた。
「パパダメなの!その人たちいじめちゃダメ!」
僕はその小さい背中を少し振り向き確認した。
空虚な目に暗い色の光が灯る。
自らの剣の切っ先を自分の背中につく最愛の娘に向けて―—
我に返る。
今、僕は、何をしようとしていた?
冷汗が噴き出し、体中に寒気が走った。
今僕の体を使っていたのは誰だ?
間違いなく我を忘れるほど怒っていたのは違いない。
しかしそれでもこの者たちが死ぬほどのことはしないはずだ、多分。
二度と立ち直れないほどの恐怖を植え付ける程度でやめるつもりだったのだ。
なのに僕は今、よりにもよってノエルに向けて殺意を放っていた。
なぜか殺そうとしていた。
そしてそれに何の疑問も感じていなかった。
異常だ。
いやこれが僕の本質なのか?
自分の意志にそぐわないものは誰であろうと排除する。
誰かに操られていたなど言い訳に過ぎない。
「僕はなんて…ことを」
背中にいるノエルを前に回し、抱きしめた。
「ノエル、ノエル、ノエル。本当に…本当にごめん」
ノエルは居心地が悪そうに、腕の中で動いている。
「い、いたいよパパ」
「あ、ああ、ごめんよノエル」
力を強くしすぎたらしい。
そこまで力を入れたつもりはなかったが、無意識に強くなってしまったようだ。
その瞬間、
無意識?
その言葉は頭の中で強く残った。
何か引っかかる。
しかしわからない。
今はとりあえずやるべきことをしよう。
そのうちわかるだろう。
僕はノエルを離して置いてけぼりの魔皇たちとその配下の魔物のほうを向いた。
魔皇たちはびくっとなって、あげていた頭を地面につける。
「頭を上げていいよ」
魔皇たちはゆっくりと、こちらの様子を窺うように頭を上げる。
「次からこういうことをするのはやめてくれ」
魔皇たちは大仰にうなずく。
「でも、僕も怒りすぎた。本当にごめん」
頭を下げる。
魔皇たちは慌てて頭を上げてくださいとでも言おうとしたのか、口を開くが、指図などしてしまえば今度こそ殺されると思い、口を閉じる。
先ほどの行動は十分に脅しになっているようだ。
僕は頭を上げて続ける。
「とりあえず、寄って行ってよ。せっかく来たんだしさ」
魔皇たちはお互いの顔を見あい、少しの間をおいて頷いた。
僕は笑顔で頷き、玄関の扉を開き―——戦慄した。
恐怖が寒気へと変わり体中を駆け巡り一気に鳥肌が立つ。
そこには怪訝な表情をしたノエルがいた。
そして、魔法の効果で固まっていた。
背後から赤い水のようなものが一滴、足元に細長く、勢いを示すかのように残る。
後ろを振り向いた。
そこには絶命した魔皇たちの死体と、従えていた魔物たちの死体が山のように積み重ねられ、新鮮さを表現しているかのようにいたるところから血が溢れ、その上に彼岸花のように赤く、綺麗で残酷な一輪の花が咲いていた。
返り血で赤く染まった花はこちらを見る。
それは仕草、身長、髪形までノエルにそっくりで、目だけがさも死んでいるかのように底なしの闇だった。
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