第2話 襲撃
主人を起こし終わったら次は朝ご飯の支度だ。
この屋敷のキッチンは執事一人が使うには余りある大きさだ。
まあ、本来は大勢のメイドとともに執事が雇われているのがはずだから当然といえば当然なのだが寂しい気持ちはぬぐえない。
でも、僕は頑張ることができる。
料理を作り終えて、食堂に運ぶ。
そこには高すぎる椅子に座り、足をパタパタさせているノエルがいた。
僕は悶え死にそうになる衝動を抑え、ノエルの前にご飯を並べる。
「わぁあー」
ノエルはご飯を見て、目を輝かせた。
しかしすぐに、?という表情に変わる。
僕はそれを察して言った。
「今日の朝食は、スクランブルエッグと山菜の味噌汁、ご飯は今月分無くなっちゃってるからあと2日我慢してね」
ノエルはしゅんと肩を落とした。
「代わりに今晩はノエルの好きなお魚だよ」
それを聞いた途端に、暗かった顔色はパアッと明るく輝いた。
ノエルは裏表がなくて、なんでも表情に出る。
本当に可愛い。
我らが主人ノエルは今年で5歳になる。
いろいろな理由があって僕が親代わり兼執事をやっているわけだけど、それを後悔したことは一度もない。
もはやご褒美まである。
いやご褒美だ。
などと思っていると、ノエルがスクランブルエッグを食べようとしていた。
「ノエルっ!!」
僕は叫んだ。
ノエルはビクッとして、その手に握っていた箸を落とした。
僕はその姿を見て、失敗した、と思った。
僕が言いたかったのは、食べる前にいただきます、って言わないといけないということだけだ。
こんなにも強く言うことじゃない。
僕はなんてことを…
ノエルに嫌われて、もう口をきいてもらえないかもしれない。
もうノエルに朝ご飯を食べてもらえなくなるかもしれない。
もうノエルのパンツを洗わせてもらえなくなるかもしれない…
そこまで思い至ったところで、僕は手を地面につき謝った。
「ごめんよノエル!こんなつもりじゃなかったんだ。嫌いにならないで!」
ノエルは不思議そうに僕を見て言った。
「パパないてるの?」
「え?泣いてない、あれ?」
いつのまにか僕の頬には涙が伝っていた。
自分で思っていたよりも圧倒的にパンツ…ではない、ノエルに嫌われるのが嫌だったらしい。
「パパがないてるとね、ノエルもかなしいの。だからね、げんきあげる!」
そういって、ノエルが僕の頬にキスをした。
やわらかい感覚が頬に伝わり、そこを起点として幸福感が体中に広がる。
僕は頭が真っ白になる。
ああもう天使かっ、いや天使だ!
何!?ノエルよりかわいい生き物なんている?
いやいないね、もう犬とか猫とか飼ってるやつらの気が知れないわ!
癒されたいならね、ノエル飼え、ノエルを。
もし本当に天使だったとしたら拉致監禁したい。
「おーい、シーーーンいるかーーー?」
外から、聞き覚えのある声が聞こえる。
僕は今しがたまで包まれていた圧倒的幸福感とそれに乗せられて出てきた変態的な思考を隅に追いやり返事をする。
「ああ、いるよ。ちょっと待ってー」
そばにいるノエルに言った。
「ノエル、ダインおじさんが来たよ」
「え?ダインおじちゃん?やった!やった!」
ノエルがぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいる。
ああ、可愛い。
「ノエルもっ、ノエルもむかえにいくー」
可愛い、可愛いけど、ちょっと待って、なんだろうね、なんというか少し、かなしい?
ノエルと一緒に扉の前に行き、扉を開けようとドアノブに手を伸ばそうとすると、ノエルが扉を開きたそうにこちらを見ていた。
僕はノエルの脇に手を入れ持ち上げ、ドアノブの高さまでノエルを持ち上げた。
「パパありがとー」
いえいえお安い御用です。
これで僕の好感度はダインより上…って僕は何をしてるんだ?
ダインより好かれたら何があるというんだろう。
最近どんどん心が汚れていってる気がする。
「?」
なぜか背筋に嫌なものを感じた。
どうしてかは知らないがすごく嫌な感じがする。
なんと言うか、遠距離起動型起爆系統魔法の座標指定をされたような感覚だ。
しかし、この屋敷にはそういう魔法が使われないようにするため、僕が3年かけて保護魔法と空間断絶魔法を張ってるから問題ない、はず。
では何なのか。
ノエルがドアノブを握り扉を開けようとする。
その行動がさらにいやな感じがしたことで僕は確信に至った。
僕は無言でそれを止め、ノエルの口も封じる。
ノエルは、?といった表情。
「
僕は家にかけている大魔法のうちの一つを起動させた。
すると、いつもころころと多彩に変わるノエルの表情が固まった。
この魔法は、ノエルの時間を止める魔法だ。
ノエルの時間を止めることで、ノエルの座標は固定され、存在はこの世界において不変のものとなった。
魔法破壊不可能、物理破壊不可能を得る、それだけ聞けばもうチートだが、デメリットはある。
時間が止まっているので、視覚、聴覚、嗅覚、思考に至るまで、すべてが使えなくなる。
しかし、僕にとってこれほど都合のいい魔法はない。
これをノエルに見られなくて済むから。
「
何もない空間から《門》が開き、一振りの黒の長剣が呼び出される。
剣には、何も文字は刻まれておらず、柄に至るまで全てが黒だ。
しかし、その鈍く光る刀身はその剣がいかに恐ろしいものかを感じさせる。
僕は扉を開く。
そこには、凄まじいほどの魔力を持つ魔族、魔皇と呼ばれる者たちとA~Sランクの魔物たち数匹が立っていた。
全く音がしないうえにダインの声を使っていたから気付かなかった。
僕は片手で頭を抱えた。
敵の前でこれをやれば間違いなく殺される。
しかし今回に限っては問題ない。
一番前に魔族が立っているということは、僕が恐れていた襲撃ではない。
魔族たちと魔物が一斉に跪き頭を下げる。
筆頭らしき魔族が言った。
「シホネ様、お迎えに上がりました。城に戻りましょう。」
「だからっ!毎回毎回、いやだって言ってるよね!?」
僕の叫びが森中に響いた。
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