第1話 執事と主人

私は迷っていた。


本当に自分のしていることは正しいのだろうか。


目の前に呪文詠唱中の敵がいる。

殺さなければ自分が殺される。


しかしこの人物にも、大切にしている人がいて、大切にしてくれる人がいる。

ならば誰にも愛されず、誰も愛していない私が死ぬべきなのかもしれない。


敵の詠唱が終わる。


魔方陣から《獄炎》が溢れ流れ集まり、蛇の形になった。

その蛇が体を縮め一気に伸ばし、私の顔をめがけて鋭い牙で貫かんと飛ぶ。


しかし私はそれを見るより早く、詠唱者の胸に風穴を開けていた。


獄炎で形作られた蛇は、空中で霧散した。

私が殺されれば私が守っている者たちが危険にさらされる。


そしてその危険にさらされる者たちも、大切にしている人がいて、大切にしてくれる人がいるだろう。


なら私はどうすればいいのか。


何が原因なのか。


生みたくなくても無尽蔵に魔物を生み出してしまう魔族か。

それとも、かりそめの復讐心のままに無罪の魔族を滅ぼそうとする人間か。


しかし、私は生まれた種族上、こちら側を滅さなければならなかった。

敵を殺して殺して殺し続けていると私は今まで見たこともないような広い空間に出た。


そこには桁違いの魔力を持つ者がいた。


それがいわゆる何なのかは理解できていた。

広間の真ん中にすわっている。


強い相手だ。

戦えば私は死ぬだろう。

しかし、戦えば、の話だ。


その傷だらけの背中を見て、男は察した。

肩の荷を下ろすように、力を抜き、剣を鞘へ戻す。

歩き方も今までの対トラップ用歩行術「幻歩」から日常のような気兼ねない歩き方に戻す。

警戒を完全に解いた。


だがなぜか。


それは、こいつが自分と同じだとわかっているからだ。

こいつは私を待っていたのだろう。

思った通り、その男の持っていた魔法具は魔族にとって致命傷につながる絶縁の灯だった。



私たちは理解し合える。



私はその者の目の前まで行き、剣を抜き、その者に渡した。

その者はその剣を受け取ると、絶縁結界を起動させ、お互いの魔法を封じた。


その場には、過去の魔王が行おうとしたが成し遂げられなかった光景が広がっていた。

その者と私は同時に言った。


「平和な世の中を作ろう」







「――ゴーゴッゴ」


朝を知らせるベヒモスの咆哮だ。

僕は眠気を振り払い、起き上がった。


そして、窓を開け、外の大きな小屋にいるベヒモスに石化の魔法をかける。

ベヒモスは足から硬直していき、完全に固まって動けなくなった。

これで次にベヒモスが動き出すのは24時間後、つまり次の日の朝だ。


今日の空は雲一つなく、綺麗な青に染まっていた。


僕が住んでいるここは、人領にも魔領にも属さない山奥に建てられた屋敷だ。

人間でいうところの貴族、魔族で言うところの魔公の家ぐらい大きなこの屋敷は、文明の先端から離れている代わりに、澄み渡る水や動物、草木生い茂る森など、大自然に囲まれている。


僕はラフな服から営業服に着替える。

僕の仕事は一応執事ということになっていて、この館の主に仕えている。


主は朝に弱い。

だから毎朝、僕が起こしている。


執事である僕の1日はまず、主人を起こすところから始まる。

着替えを終えて、隣接する主人の部屋の扉をノックし、声をかける。


「ノエル、朝だよー」


返事がない。

まあいつも通りだし、もう慣れたことだ。


「入るよ」


一言かけて、部屋の扉を開く。

廊下の明かりが部屋の中を照らす。

廊下から伸びる光の道は徐々に伸びて行き、その先にある大きなベッドの影を落とした。


僕は光の道を歩き、ベッドで眠る主人の肩を揺する。


「うぅー」


主人は嫌そうにうめき、布団にくるまった。

これもいつものことだ。

僕は主人の布団を巻き上げるように奪い取る。


「 いやぁだぁ」


「いやだじゃない、ノエル。もう朝ごはんだよ。起きないと」


ノエルはうめきながら、ようやく上体を起こした。


真っ暗なこの部屋でも輝いて見えるほど白い肌、金春色の長髪が寝癖でボサボサになっていて、まだ眠そうにぺたんと座っている。


この幼女こそが我らが主人であり、僕の娘でもある、ノエルだ。



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