最終話 姉妹、そして笑顔



 千紗ちゃんが手を振っている。お母さんに手を引かれながらその後ろ姿が小さくなっていく。それに私も応えるように手を振り返した。


 仲睦まじく話している2人を見て、私は体を反転した。訳もなく歩き出す。


 本当に変わった1日だった。お姉ちゃんと喧嘩して飛び出したら、見つけたのは迷子の子ども。


 そして千紗ちゃんと話して、私はお姉ちゃんのカッコよさと大きさに気づけた。きっと千紗ちゃんと出会わなければこんなにも実感することは出来なかっただろう。


 最後には千紗ちゃんのお母さんとも出会えてハッピーエンド、か。我ながら良く出来た話だと思う。


 それにしても……どこかで見覚えがあるのよね、千紗ちゃんのお母さん。どこだっけ、いつだっけ。


 ……そうだ、確かあれはずっと昔。


 私とお姉ちゃんの手を繋いでた。

 この商店街を3人で歩いていた。

 お姉ちゃんが好きなコロッケを食べながら────。




「────小春っ!」




 後ろから掛けられた大きな声に思考が中断される。


 聞き慣れた声。いつも側にいた声。嫌いな声。でも───。



「…………お姉ちゃん」



 ────何よりも大切な、声。




 肩で息をしながら走って近づいてきた。私の目の前で膝に手をかけて、しんどそうに呼吸を繰り返す。


「さ、探した…じゃない!はぁ……急に、家から飛び出すんだから!」


 途切れ途切れの言葉を必死に発してくる。お姉ちゃんの髪の毛は所在もなく乱れていて、どれだけ私を探し回っていたかが伝わってきた。


「……まさか、私をずっと探し回っていたの?」

「あっ、たり前…じゃない!だって小春は、私が───守るって決めた、たった1人の妹なんだから!」


 お姉ちゃんが顔を上げて私と向き合う。その───迷いない瞳が私を貫く。



 ────ああ、なんだ。そういうことなんだ。



 そう思うと自然と口角が上がって。自然と胸が熱くなってきた。


「な、何よ?急に笑い出して?」




「ううん、なんでもないよ?────千紗お姉ちゃん」




 私はお姉ちゃんの左手を取った。温かくてすべすべしていて。その手は何も変わっていなかった。


「ど、どうしたのよ小春?なんだか変よ?」

「えー?ひどいなー。私はいつもこんな感じだよー?」


 ふとお姉ちゃんの手に違和感を感じた。手の甲をまじまじと見ると小さな切り傷が付いていた。


「お姉ちゃん、これ……」

「あれ?こんな傷あったっけ?」

「多分、私が手を払った時に付いたんだと思う……。ちょっと待って」


 自分のスカートのポケットを探る。取り出したのは───絆創膏だ。


 お姉ちゃんは何も言わずに手の甲を差し出している。剥離紙を外してお姉ちゃんの手につけていく。まっすぐ綺麗に、貼れたと思う。


「……ねえお姉ちゃん」

「うん?なに?」

「お母さんさ、いっつも口癖だったよね。女の子たるもの、絆創膏の1つや2つくらいいつも持ってなさいって」

「ふふっ、そうね。だからか私も幼い頃からいっつも持ち歩いてたわ」

「普通ハンカチとかポケットティッシュなら分かるけど、どうして絆創膏をあんなに推したのかなあ」

「お母さんって少し変わってたから、仕方ないんじゃない?」


 そう言って私たちは笑い合った。どちらからでもなく、互いに笑った。


 そんな必要はないのに手は繋がれたままで。だからお姉ちゃんを身近で感じられたんだ。


 少しずつ笑いのトーンが小さくなっていく。そして言い合わせもなく笑いが止んで、私は真正面からお姉ちゃんを見据えた。


「────ごめんなさい、お姉ちゃん」

「────私こそ、小春の気持ち考えてなくてごめんなさい」


 きっと私たちはすれ違っていた。どちらが悪いとかはない。

 でもきっとこれからはもっと仲良くなれる。妹と姉として、互いに肩寄せ合っていけると思う。


「ね、今日ってお彼岸だよね」

「そうね、ちょうどそんな時期ね」

「じゃあさ、お墓参りしない?────お母さんの」


 そう、私達のお母さんは死んでいる。もう10年も前くらいに。私がまだ小さかった頃に。私が、お母さんの顔を鮮明に思い出せないくらい小さかった頃に。


「別にいいけど……明日お父さんが休みだから、明日行こうって話したじゃない」

「何度も行っちゃ駄目ってルールはないでしょ?」

「そりゃそうだけどね」

「それにね、私思うんだ。今こうやって私達が仲直りできているのは────お母さんのおかげじゃないかって」


 両手を背中の後ろに回してお姉ちゃんの後方を見た。もうそこには千紗ちゃんも、千紗ちゃんのお母さんもいなかった。


 まるで元からそんな人達はいなかったかのような、そんな寂寥感さえ漂っている。


 それでも確かにそこにいたかのような、温かさが私を包んでいる。


「そうなの?……じゃあ行きましょうか、お墓参りに」

「あ、待ってその前に────」


 私は少し奥のお店を指差した。懐かしい、思い出のお店だ。




「────コロッケ、食べていかない?」





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彼岸の奇跡 河原セイ @kawahara_sei

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