第10話 僕の目の前で

 リタさんは勘当されている事と、意固地になった気持ちがあり家に帰れなかった。

そして息子の事をお父さんに話す事も出来なかったらしい。

 それでも息子の傍に居たい、いつも見守っていたいと近所の薬屋の老婆として姿を変え暮らしてきたという。

 ダリンさんに、もしかしたら気づいてもらえるかも? と差し入れにダリンさんの好物のドーナツを試合前にはいつも届けていた。リタよりというメッセージを付けて。

 ダリンさんは、リタさんが自分のお母さんだとは気づかなかったけれど薬屋のおばあちゃんを“リタちゃん”と呼び、親しげにしていたという。

 リタさんは、それで十分だ とそう思って見守ってきたけれど、マルチーヌさんとの結婚話が出てきて、そうはいかなくなったらしい。


「すまなかった」

 お父さんは、搾り出すように言った。


 気の強そうな二人の娘たちだから、何かしらの怒りの返答があるんだろうと思っていたら、姐さんもリタさんも、パパ!と言い抱きついた。

 そんな感動のシーンに偶然にも、もう一人の重要な男性が現れた。


「あれ、マルチーヌ元に戻ったの? すみません何かお取り込み中でしたか?」

 ダリンさんだ。お父さんと同じように胴着を着ている。練習に来たのだろう。

「ダリン、こっちにきて!」


 姐さんがダリンさんを自分たちの方へ呼んだ。右手でリタさんの手を取り、左手でダリンさんの手を取ってその二つの手を合わせた。

「ダリン、あたしのお姉ちゃんよ、そしてあんたのお母さん」


 言われている意味が分からないのか、突然過ぎて理解できないのかダリンさんは何の反応も示さない。


「そして、あんたが師匠だと思ってついてきたのが、お祖父さんよ」

「あ、あの」

 ダリンさんは何かを喋ろうと口をパクパクする。

「ちなみに、あたしは、あんたの叔母さん」

「もうバカ! ダリンが混乱してるでしょ……」

 リタさんが姐さんにデコピンした。


「お母さんは流行り病で亡くなったんだと思っていた。だから、薬屋のリタちゃんをお母さんだと思って慕ってきたんだ……どういうこと……」

「薬屋のリタちゃんを慕ってって、何故?」

「お母さんと離れたのが幼かったボクが憶えていた事は、お母さんの名前がリタという事。そして美味しいドーナツを食べさせてくれた事。だから、いつもドーナツを差し入れてくれたおばあちゃんのメッセージカードにリタとあって、だから……あっ」


 ダリンさんの話を聞いている途中から、リタさんの目からは涙が止まらず落ちてきた。それを見てもらい泣き? 何かを感じ取ったのだろうか、ダリンさんの目からもひとすじの涙がこぼれた。

 そして続きを声を詰らせながら話し出した。

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