エピローグ(ver2.0)


――――――――――6月19日 19:40



 もう夜の闇が支配しており、学院内には生徒はほとんどなかった。


 古城有紀と尼子美羅が手を繋いで出て行った美術室で俺は一人黄昏れていた。


「古城有紀という名の白ワニなんて存在していなかったんだな。尼子美羅を救うためにナイトになっていたとは……」


 窓際に椅子を置いて座り、ぼうっと外を眺めていた。


 俺には何も真実が見えていなかった。


 本当に何も見えていなかった。


 探偵なんて言われていながらも、俺は探偵と言えるほどの能力を有してはいなかった。


 その事を突きつけられたために去来した虚無感が身体を支配し、もう動く事さえままならないような気がしている。


「深読みしすぎだったし、何も見えていなかった……な」


 俺は古城有紀の真意だけではなく、尼子美羅の儚ささえも見抜けなかった。


 二人にとっての大人達への復讐劇であり、希望があるかもしれない未来のための第一歩だったのだろう。


 そもそも、尼子宗大が十年前、自分を刺したであろう藤沼善治郎を失職などで奈落の底にたたき落としたのが原因なのだ。


 尼子宗大の物語としては、その果てには見境のない通り魔などでの暴走を想定していたのかもしれない。


だが実際には、藤沼の暴走は尼子美羅へと向かい、その取り巻きと思い込んでいた錦屋いなりなどへと向かった。


 だからこそ、古城有紀と尼子美羅はこの物語をどう終わらせるのかを考えて、あのような行動をしていた。犠牲が出てしまう事を想定して。


「お兄さんは探偵失格だったね」


「ああ?」


 俺を気遣っているのか、バカにしているのかのか分からない姫子の声が背後から響いた。


 俺はのそりと背後を振り返り、美術室に入ってきたであろう八丁堀姫子を見やった。


「元カノさんがここの制服姿で学校の中に入っていくのを見たから跡を付けて……」


「全部聞いていたのか。ま、俺の推理はやるせないくらい的外れだったし、尼子美羅の心の傷をえぐっただけだった」


「……みたいだね。元カノさんがね、『月くん、ありがとう。そして、さようなら』だって。尼子さん? でいいのかな? その人がね『私には有紀がいるから平気』だって」


 姫子は照れくさそうに頬を指で掻いた。


「哀憐の情さえかけられるとは……」


 俺は姫子の顔さえ見る事ができなくなり、再び窓の外に視線を向けた。


「お兄さんはそんなことでめそめそしない。似合わないよ、そういう態度は」


 姫子が俺の後ろに立つのが分かった。


 だが、俺は姫子の表情を真正面から見る事ができなさそうであったので、窓の外を見続けていた。


「もう!」


 姫子は俺の頭を両手で挟み込むと、強引に振り向かせようとする。


 抗うのもかったるく感じて、俺は姫子のなすがままにさせておいた。


 顔の向きが無理矢理に変えさせられ、前屈みになっている姫子と真っ向から向き合う形になった。


「お兄さん! 一度くらいの敗北でめそめそしないの! 探偵は間違っていたって堂々としていないと! 私が元気にしてあげる!」


 そして……


 されるがままにしていたら、姫子に唇を奪われていた。


 俺も目を開けているし、姫子も目を開けている。


 目を合わせたまま、唇を重ねていた。


 姫子は頬を紅潮させていき、恥ずかしくなったのか目を閉じた。


 俺も姫子を倣って目を閉じる。


 俺のファーストキスは敗北感の味がした。


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