第10話 身勝手な供述(ver2.0)



――――――――――6月17日 21:00



 この物語は俺のあずかり知らないところで始まった復讐劇が発端であったようだ。


 正確には、知る事ができたのだが、関係ないと判断して知ろうとはしていなかった。


 事前に知っていたら、あの物語を書いた人物に到達することができていたかもしれなかったというのに。


 その事に気づいたのは、じいさんから藤沼善治郎の供述を聞いてからであった。


 姫子が退院したので、姫子の会いに行こうかと自宅まで訪ねるも、じいさんに捕まって話をすることになった時だ。


「藤沼善治郎が十年前の通り魔事件についても自供し始めたぞ。当時、両親をクビにした尼子宗大が許せなかったそうな。あの日、尼子宗大を街中でたまたま見かけたら感情が爆発し、気づいたらナイフで刺していたそうだ」


 じいさんは藤沼善治郎をどうしようもない奴だと思っているようで、眉間に皺を寄せて、吐き捨てるように言った。


「十年前の被害者は尼子宗大だったのか。ははっ……」


 その名前を聞いた瞬間、乾いた笑いが漏れ出た。


 尼子宗大は、尼子美羅の父親であり、古城有紀が出題した設問の『悪い領主様』だ。


 あの設問の『領主の一人娘』は尼子美羅であり、『盗賊に襲われていた娘』が古城有紀なのだろう。


「そして、今回の連続通り魔事件だが、学習塾を懲戒免職された事に腹を立てての犯行だったそうだ。懲戒免職された日に学習塾の経営者と尼子親子が親しく話をしているのを見て話しかけると軽くあしらわれて、尼子宗大は用事があるからと美羅と話をするように言われた。こいつらが俺を解雇するように動いたのだと思い込むも、宗大には手が出せそうにないから、尼子美羅とその取り巻きに天誅を下してやろうと思ったと支離滅裂な自供しているそうだ」


 じいさんは藤沼に対して嫌悪感を抱いているようで、言葉にするのも汚らわしいといった調子であった。


 供述調書などを読んでいそうな気配があるので、じいさんの心証を悪くするような言動が多々あったのかもしれない。


 三週間前、尼子美羅と小競り合いになったらしいが、おそらくは経営者と尼子とが話している時なのだろう。


 尼子美羅が止めに入ったといったところか。


「取り巻き? なんでそんなふうに思って……。あ、そうだったのか!」


 一条銀次の怪文書で名指しされていた九人を、藤沼は尼子美羅とその取り巻きと思い込んでいたというのか。


 藤沼の二回に及ぶ九人への暴行は、尼子宗大への憎しみをその子供である尼子美羅と取り巻きと思しき女子にぶつけたものではなかったのだろうか。


 それ故に、あれだけの暴力が振るえたのではないか。執念深いというべきか、逆恨みが激しいというべきか。


「殺す気はなかったとは言っている。取り巻きには死なない程度の暴力に止め、尼子美羅は殺すのでは復讐にならないと思って、ナイフで一生残るであろう傷を顔に付ける気だった……そうな」


「口ではどうとでも言えるだろ。殺そうと思えば、誰だって殺せた状況だったんだしな。全身に痣ができるほど警棒で殴ったり、骨折するまで殴り続けるのは殺意があったとしか言いようがない」


 藤沼に襲われた四人は、後遺症などが残ってはいるのだろうか。


 その辺りは本人達が口を閉ざすであろうから知る事はできないだろう。


 願わくば、五体満足で学校に登校してきて欲しい。そして、これまで通りの生活をして欲しい。


 昔のわだかまりからメールを調査しようともしなかった俺がそう思うのはおこがましいのかもしれない。


「うむ、その通りだ。仕事をクビになり、バンドは解散……そんな状態であったから自暴自棄になっていて犯行に及んだのだとか。むしゃくしゃしていたら殴り殺していたかもしれんし、自分勝手すぎる痴れ者だな」


 他にも藤沼善治郎を追い詰めるために何かを行っていたのかもしれない。しかし、それを知るすべは俺にはなかった。


「……ホント、あいつはダメな奴だな」


 関係者なのに特定の人物にのみメールを送っているのは何故なのか、と考えて、俺は『全員にメールを送れなかった』という回答を導き出した。


 だが、『全員にメールを送る必要がなかった』が正解であったようだ。


 メールを送っていたのが、藤沼ではなかった事に気づきそうなものだったのに、俺は見抜けなかった。


 見抜いていたら、もう少し別のアプローチの仕方があったというのに。


 つまり、藤沼と方向性は違うが、俺もダメな奴だという事だ。


「捕まることも想定しておったのか、身辺整理までしておってな。最近、友人などに借金を全額返済していたそうだ」


「……そうか」


 逮捕されるのも想定していたから暴走していたのか。


 どうしようもない奴だな、藤沼は。


「解決したというのに浮かない顔をしておるな」


 じいさんが珍妙な事に、俺に気を使うように顔をのぞき込んできた。


「事件は解決して、藤沼も逮捕されたし、万々歳なんだが……」


 藤沼の暴走のあらすじは、尼子宗大が書いたものだ。


 十年前の通り魔の犯人が藤沼善治郎ではないかと何かの拍子に気づいた時に書いたあらすじなのだろう。


 藤沼善治郎を自暴自棄な状態へと押しやったとき、十年前と同じように凶行に及ぶかどうかを試した、ある意味ストレステストのような物語なのであろう。


 藤沼のバンドの解散も、もしかしたら、尼子宗大が動いていたのかもしれない。


 藤沼善治郎は、尼子宗大の物語の登場人物となり、尼子宗大が思っていた通りの犯行を繰り広げていった。


 尼子宗大にとって自分を傷つけた者が逮捕さえすれば、誰が怪我しようが、誰が死のうが問題はなかった。それだけではなく、古城有紀という捨て駒さえ用意していたのだ。


 結果は、途中から尼子宗大が書いた物語ではなくなっていた。


 何故ならば、物語を加筆修正し、軌道修正していた者達がいたからだ。


 尼子宗大の物語はいつからか、尼子美羅と古城有紀、この二人の物語へと変貌していた。


 この物語はあの二人が書いたものだが、まだ完結はしていない。


 最後、俺が登場しないと完結しないはずだ。



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