第8話 最悪のシナリオとは(ver2.0)
――――――――6月10日 17:45
『今日はまだライブハウスの方には出勤してないそうだ』
病院を出るなり瀬名にメッセージを送ると、即座に返答が来た。
『自宅の方にはいなかったか?』
『そっちには友達を向かわせたが留守だった。居留守もしていなかった。繋がりがある奴らに藤沼を見かけたら報告するように伝えてある。今のところ目撃情報はない』
俺みたいな孤立している人間とは生きている世界が違うせいか、瀬名は顔が広いし、友人にも恵まれている。
俺が時たま羨望の眼差しで見てしまうほどに。
SNSやらで繋がっている人数は数十人に上りそうだが、それだけの人数が見かけていないとなると、どこか人目に付かないところに隠れているのかもしれない。
そうなると、手の打ちようがない。
『三富一穂は無事か?』
藤沼が仕事にも行っていないだけではなく、自宅にいないとなると、嫌な予感がしてならない。
虫の知らせとも言える悪い予感に突き動かされるように、無駄かもしれないと分かっていながらも、街中を走り回っていた。
万が一、藤沼を見つけたとしても、俺は非力なので瀬名か、じいさんに連絡するかして手助けしてもらうしか方法がない。
こういう時、身体を鍛えておくべきだったと後悔する。
していたとしても、役に立つとは限らないが、してないよりかはマシなのだろう。
『一穂は家に閉じこもっているって言っていたから安全だろう』
『桜庭奈美、大塚珠希はどうだ?』
『一穂と同じく、戸締まりをしっかりして家にいるという話だ』
白ワニ事件の関係者が四人も襲われているのだから警戒するのは至当だ。
家族とかもいるだろうから、家に侵入してきて襲うとは考えにくい。当人達の家にまで行く必要はなさそうだ。
『尼子美羅は?』
『あいつだけは誰とも繋がりがないんだ。分からない』
実業家の娘だから、誰とでも繋がっていそうなものなのに。
人付き合いが苦手なのか、それとも、誰とでも距離を置くようにしているのか。
古城有紀も気がかりだ。携帯の番号を聞いてはいないので、連絡手段がない。
スマホを持っている気配がないだけではなく、メールはおそらくはパソコンで見ているようではあった。
今送ったとしてもメールを見るのは帰宅してからだろう。送らないよりかは送っておいた方が有事の際には役に立つだろう。
今、家にいるようならメールを見て、返信してくれるかもしれない。
とりあえず安否を確認するメールだけは送っておいた。
『どこか思い当たる場所はないか?』
瀬名からのメッセージを見て、俺は足を止め考え込んだ。
藤沼が唐突に姿を消すのは不自然だ。
警察に追われたか、そろそろ頃合いだと見て雲隠れしたか、だ。
さっきのじいさんの気色では警察が動いていそうにはない。そうなると、やはり姿を消したのだろうか?
いや、まだもう一つの可能性が残っている。
獲物を狙うために隠密行動を取っている可能性だ。
今日、狙うとしたら誰になるだろうか。
三富一穂、桜庭奈美、大塚珠希の三人は家にいる以上狙うリスクが高いため、今日は行わないという選択肢を選ぶ事があり得る。
だが、連絡が取れない、尼子美羅、古城有紀はどうだろうか。
古城有紀は俺でさえ所在を知らないのだから確認のしようがないし、藤沼でも突き止める事はできないであろう事が予測される。
そうなると、尼子美羅が獲物として最適となる。
尼子美羅は学校を休んでいた。それならば、大丈夫なような気が……。
「藤沼がこれまでのように呼び出して、尼子が応じたらどうなるだろうか?」
俺は最悪の展開をついつい言葉にしてしまっていた。
「のこのこと出て来た尼子を藤沼が襲う。これこそ最悪のシナリオだな」
最悪のシナリオを想定すべきか?
当然、想定すべきだ。
『学院の美術室だ。最悪のシナリオは、そこで尼子美羅が襲われる事だ』
『分かった。すぐに俺が向かう』
『合流できたらしよう。俺も急ぐ』
俺はそうメッセージを送った後、体力に自信はないものの学院へと全力疾走した。
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