第7話 古城有紀の嘘(ver2.0)
――――――――――6月10日 17:03
例の白ワニ事件で被害にあった側にいた九人の接点がバラバラだった事が、最大の疑問点であった。
白ワニ事件云々のメールを送るのならば、九人全員に送られていてしかるべきなのだ。
それなのに送られてきていたのは、錦屋いなり、五十嵐麗子、愛川ひとみ、三富一穂、赤城絵里の五人のみであった。
尼子美羅に関しては事実であるかどうか曖昧なため、省いている。
古城有紀、尼子美羅、大塚珠希、桜庭美奈の四人には、白ワニのメールは来ていなかった。
関係者なのに特定の人物にのみメールを送っているのは何故なのか。
その回答として有力な仮説は以下の通りになる。
『全員にメールを送る必要がなかった』
『全員にメールを送れなかった』
『特定の人物にしかメールを送る気がなかった』
今は、スマホのアプリなどで他人とつながるのが楽な時代になっている。
そんな中、同級生、しかも、同じ事件の関係者ならば、何かしらの形で相手のメールアドレスだとか連絡先などを知る状況にあってもおかしくはない。
それなのに、全員にメールを送りはしなかった。
『全員にメールを送れなかった』
それ故に、この可能性が高いと俺は睨んだ。
『全員にメールを送る必要がなかった』『特定の人物にしかメールを送る気がなかった』という二つの仮説は、白ワニ事件を絡めている以上、積年の恨みだとかによくありがちな殺人事件の原因となるような『一部の人しか知らない重大な秘密』があった場合、起こりえる。
だが、そんなものは存在しない。中等部一年の頃に俺が全てを解決しているので、重大な秘密などもう存在していないはずなのである。
白ワニ事件においては。
『全員にメールを送れなかった』という有力な説だとすると、学校外にあのメールを送った人物がいる可能性が浮上してくる。
あの関係者で学校外の人物となると、三人が候補にあがってくる。
古城有紀、一条銀次、藤沼善治郎の三人だ。
接点の有無という事で、古城有紀、一条銀次は候補として外れてくる。
だが、藤沼善治郎はどうだろうか。
じいさんの報告で明示されるだろうはずだが、藤沼善治郎は茜色学習塾で講師をしているはずだ。
教師を辞めた後、バンド活動を続けるためにこの街に残って、どこぞの講師をしていると風の噂で聞いてはいた。
茜色学習塾で講師の立場を利用して、五人のメールアドレスを個人情報から入手し、あんなメールを出したであろう。そのために、あの五人にしかメールを出せなかったのだ。
そして、ダメ押しと言えたのが、尼子美羅の奇行であった。
美術室のカギの管理がどうなっているのかは不明ではあったが、茜色学院の元先生が美術室のカギを持っていてもなんら不思議ではない。
裏門から学院に侵入して、カギをあけておいた美術室に尼子美羅を呼び出した。
そこで何かあったのかは尼子美羅か藤沼善治郎に訊くしかないが、通り魔事件を起こすような原因となるような出来事があった。
そんなところではないかと俺は予想していた。
「……よく分からないよ、お兄さん。どうして、そのなんとか先生が通り魔だって分かるの?」
以上のような説明を滔々と姫子に語ったが、当然理解できるはずもなかった。
関係者ではないし、当事者でもないし、高等部の人間ではないのだから反応としては至極まっとうだった。
「実は十年前くらいに同じような通り魔事件が起こっている。じいさんの話だから実際にあったのは紛れもない事実だ。その事件では、口裂け女が出没したという噂が出始めた頃に、赤いロングコートの女が人を一人刺しただけで終わったそうだ」
「……そんな事件、あったんだ」
やはり姫子は初耳だったらしく、口裂け女って本当にいるのかな、となどと呟いた。
「しかも犯人は捕まっていない。もし、その犯人が十年ぶりくらいに始動したと想定して、図書室に行って中等部高等部の卒業アルバムを読みあさった。藤沼善治郎が卒業生なら載っていると思ってな。その結果は、大正解だった。高等部を卒業したのは九年ほど前だが、当時の藤沼はバンド活動をやっていたみたいで長髪だったんだ。しかも、赤いロングコートを着てライブ活動を行っていた写真まで卒アルに載っていた」
「それだけで?」
「俺の推理は間違っているかもしれない。通り魔を捕まえてみたら、見ず知らずの奴だったり、一条銀次だったりするかもしれない。状況証拠的には、藤沼善治郎しか考えられないんだよな。女のような格好をしておけば、正体がバレにくいと思っているところとかがな。十年前の事件も藤沼善治郎が犯人ならば、外見を女っぽくすれば『女』と勘違いされるとと思っている可能性がある」
腑に落ちないところは確かにある。
動機、そして、何故白ワニ事件の関係者を狙ったのかなどといった事が見えてこない。
しかし、それは通り魔であろう藤沼善治郎が捕まれば分かる事だ。
「筋は通っているし、犯人はおそらく小僧の言う通りの人物だ。だが、何かが足らん」
病室のドアが開き、じいさんが入って来た。
おのれ、じじい。外で立ち聞きしてやがったのか。
「姫子に変な事をし始めようものなら現行犯で逮捕してやろうかと思ったが……。ほれ、言われていた資料だ」
じいさんは茶色い封筒に入った書類をポンと投げて寄こしてきた。
「藤沼善治郎は茜色学習塾で講師を四年ほどしておったらしいが、三週間ほど前に素行不良で懲戒免職になっておる。同日に尼子美羅と小競り合いをしていたとかで事情聴取を受けていたようだ。問題のある男であったようだな。通り魔をしていても納得できる。それと、小僧は知らなそうな情報じゃが、講師をしながらライブハウスのバイトまでしておってな。通り魔事件の現場近くにあるのが、そのライブハウスという事だ」
「三週間前に藤沼善治郎と尼子美羅と小競り合い?」
ある程度謎が解けてきたと思ったが、じいさんのその一言で謎が深まったような気がすると共に、どこか知らない土地に放り出されたような感覚を覚えた。
俺の知らない、深淵がどこかに存在しているというのか?
「駆けつけた警官の話によれば、強姦未遂だったのでは、という事だ。だが、尼子美羅がそれを強く否定したため、事情聴取のみになったのだとか」
「あいつならやりかねないが……」
尼子美羅と藤沼善治郎との接触はそこから始まったと見るべきか。
「その書類で小僧が欲しそうな情報はそれくらいであろう。後は瀬名に電話をするがいい。小僧よ、これで要件は終わったはずだ。とっとと出て行け。姫子と同じ空気をこれ以上吸わせるワケにはいかんのだよ」
「どうして瀬名に?」
「こやつの名前を教えておいたのだよ。実の妹が怪我をさせられたのだ。警官の血は争えん、そういうことよ」
瀬名が独自に藤沼の動向を探っているということか。
それならば、共同戦線が張りやすいか。俺一人じゃ藤沼を見つけることさえできなさそうだったしな。
「行く前に、じいさんに質問が一つある」
「なんだ、小僧?」
「警備員のアルバイトは十八歳未満でもできるものなのか?」
「不可能だ。警備業法第14条により十八歳未満の就業等は禁止されておる。それがどうしたというのだ?」
「いや、なに、知識として知りたかっただけだ」
古城有紀は嘘を吐いていたのか。
どうしてそんな嘘を……?
俺はそんな疑問を抱えたまま、じいさんに追い出されるようにして病室を後にした。
姫子が『追い出さないで! お兄さんともっと話がしたいのに!』と叫んでいたが……。
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