第3話 暗中模索(ver2.0)
――――――――6月9日 20:45
俺は学校から帰るなり、ベッドに横になって今回の件を頭の中で整理していた。
図書室での調べ物は十分な成果があった。
だが、判明した事と今回の件の関連性が全く見えない上、過去の事も確定できるだけの要素がないため、何もかもが宙ぶらりんの状態であった。
他に何か決定的な物が出てこない限りは、過去の事件について証明できそうになかった。
それに加え、特定の人物に出されていたメールに関しても何か納得できないものを感じていた。
メールが届いてはいなかった四人、正確には、美術室の黒板に同じ文言が書かれていた可能性がある尼子美羅を除けば、三人ではあるが、何故メールが送られていなかったのかが頭をもたげていた。
『メールを送ることができなかった』、あるいは『メールを送る必要がなかった』で結論が変わってくる。
「……誰かが意図的に嘘を吐いているか、何かを知っていながらも口を閉ざしているのか」
そこさえ判明してしまえば、後はこの事件がすんなりと解決しそうな気がしていた。
「それに……」
俺はカバンの中から尼子美羅の美術室での奇行についての資料を取り出した。
何故、尼子美羅は普段はカギがかけられている美術室に入る事ができたのか。
そして、何故、美術室の備品が壊れていたのか。
ある程度は推測できるのだが、理由が分からない。
尼子美羅の初めての奇行は、二週間前であった。
美術室の木製の扉に美術室内部からから蹴って開けたような穴が開いていた。
放課後、美術部の部員が来た時にその事に気づいたのであった。
何故、尼子美羅がやったのかと分かったかと言えば簡単な話で、その美術部員が来た時に、美術室には尼子美羅がいて憔悴しきった様子で『私がやりました』と自白したそうだ。
その事で、尼子美羅は何の処分も受けなかった。
尼子美羅が躓いた拍子に美術室のドアを蹴破ってしまったという玉虫色の結論が職員会議で導き出されて、不問となったからである。
続いての尼子美羅の奇行は、一週間前であった。
美術部員が描いていた人物画があったのだが、その人物画に描かれていた人物を刃物か何かで滅多刺しにしていたのである。
その時も美術部の活動で美術室に来た部員が絵が切られている事を発見した。
前の件と同じで、尼子美羅が美術室にいて『私がやりました』と自白したのだという。
尼子美羅がカッターはおろか刃物を所持していなかった事から誰かをかばっているとして不問となった。
そして、数日前の美術室の窓ガラスを割った件も同じようなもので『私がやりました』と自白していた。
もちろん、尼子美羅が不問となっている事も併せて。
何故、美術室のカギが開いていたのか。
管理がおざなりだったらしいのだが、尼子美羅が行った時だけカギが開いているのは不自然である。
しかも、それを誰も問題にしていないのが不思議で仕方がなかった。
父親である尼子宗大の存在があるからなのだろうが、尼子美羅は学校側から腫れ物でも扱うかのように扱われているのだろう。
だから、誰もカギの事を見て見ぬ振りをしていた。
「俺は見なかった事にはしない。知ってしまったのだからな」
中等部の頃、俺が古城有紀の名誉回復の署名を集め出したのだが、先生の目が怖いからなのか、誰も署名してはくれなかった。
そんな中、尼子美羅だけが情けをかけてくれたのか署名をしてくれた。
尼子が署名してくれた事で集まった署名は二人分になった。その後、いくら努力しても誰も署名はしてくれなかった。
俺は俺と尼子美羅の二人だけの署名をなかった事にできず、先生に提出はした。
受け取った際、いい顔はされなかったが、検討の材料にはするとだけ言った。当然、検討などされずに破棄された事だろう。
「尼子美羅は……署名しなかった他の人たちを恨んだのだろうか?」
何かが閃きそうだった時、スマートフォンが着信を告げるメロディーを奏で始めた。
形をなそうとしていた思考が四散し、俺は頭を掻きむしって、元に戻そうするも覆水盆に返らずといった様相で閃いた何かが戻りはしなかった。
「……はい」
仕方なく電話に出た。
ディスプレイには、八丁堀瀬名の名前が出ていた。世間話か何かだろうか。
「落ち着いて聞いて欲しい」
瀬名には珍しく、沈んだような声であった。
「何かあったのか?」
「……姫子が……姫子が襲われた」
俺は思わず息を呑んだ。
頭が真っ白になるとはこういう事を言うのだろう。
瀬名が何を言っているのか、数秒ほど理解できなかった。
理解できたと思ったが、それが何かの冗談にしか聞こえなかった。思わずカレンダーで、今日が四月の一日ではないかと確認したほどだ。
「二回ほど警棒で殴られた。幸いな事に軽傷で済んだんだが……」
瀬名が何か言いにくそうに口を閉ざした。
「だが……?」
その後にどんな悲劇的な言葉が続くのかと心静かに瀬名の言葉を待つ。
「赤城絵里は全身痣だらけで……言葉が出ない……」
「赤城……絵里? 何故、赤城絵里?」
俺の頭の中が混沌としてきて、考えを整理する事さえできなくなりつつあった。
「どうして、姫子と絵里が? 喧嘩でもしたのか?」
俺は言ってから、あり得ないと否定した。
「いや、すまない。二人に何があった?」
「通り魔だ。赤いロングコートを着た奴に赤城絵里は何度も何度も殴られて、全身痣だらけでひどいもんだ……」
混沌が寄せては返す波のように行き来した後、さっと潮が引くように消えていった。
「姫子は無事なんだな?」
「ああ。赤城さんみたいに殴られる前に人が集まってきたんで、通り魔が逃げたそうだ。だから、ちょっとした打撲で済んだ」
「……良かった」
俺は心から安堵した。赤城絵里には悪いが、姫子の無事を聞いて、俺は心の底から安堵した。
赤城絵里はどちらかと言えば素朴な少女である。
自己主張をあまりしないし、自分の意見をあまり言おうとしないで周りに合わせる事が多く、周囲の顔色をうかがう事が多い。
周りに流されやすく個を出したがらない、といった、よくいる子だ。
『月定くんと話していると仲間だって思われちゃうから、ごめんなさい……』
有紀についての署名を求めた際、赤城絵里は目に涙を浮かべながら頭を下げて、すまなそうな表情をしながら俺の前を去って行ったのが今も印象に残っている。
一時期は、俺と話をしているだけで仲間はずれになるとか囁かれていたから、当然のことだった。だが、その時の印象が色濃く残っていて、あまりよくは思っていないのは確かだ。
「しかしな……」
瀬名が声のトーンを落として言う。
「ん?」
「……じっちゃんがお前を殺すと息巻いている」
しかしながら、今の言葉は俺にとって僥倖であった。
「じいさんが今そこにいるのか? もし、そこにいるのなら電話をかわって欲しい。調べてもらいたい事があるって。姫子を傷物にした奴を捕まえるのに必要な情報なんだって伝えてくれ」
激怒していようが何をしていようが、今はじいさんに頼むしかあるまい。
フィクションでよくある情報屋みたいなものがない俺にとって、唯一と言っていいほどの情報源となりうる存在なのだ、元警官であり、今は警備会社の役員をしているじいさんが。叱られようが何しようが、頼る他無かった。
とある人物の状況を調査してもらうだけで、通り魔事件は解決する可能性が高いのだから……。
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