第15話 エピローグ(ver2.0)
久堅茂雄は当然のように退学処分となり、今は海外にいるという父親の元に強制的に連行された。
数年は日本に戻ってこれないだろうし、場合によってはそのまま海外で働き続ける事になるかもしれない。
そうして、ストーカーがいる事に関係者が気づいていなかった湯河原羽衣ストーカー事件は無事に解決したのである。
とはいえ、御子神朱里が入院するほどの怪我を負っていたので無事とは言い難いのかもしれない。
「さて……」
俺は御子神朱里のお見舞いに来ていた。
入院費は、兄を引き受けた父親が責任を持って出す事になったので個室であった。
瀬名が久堅を取り押さえた後、俺は屋上に行った。
その間に朱里は意識を失っていたそうだ。顔を殴られて倒れたところを何度も腹を蹴られた事によって、脾臓破裂の一歩手前まで行っていたそうだ。
あのとき、瀬名達が来る前に、俺は救急車を呼ぶべきだったのかもしれない。
「まだ痛むのか?」
「まだ痛みはありますが、大丈夫でしょうね」
ベッドで横になっている朱里は、気丈にも笑っていた。
そんな朱里の様子を見ていると、とある事を切り出すのに躊躇いが生まれてしまう。まだ傷が癒えていない中、ぶしつけな質問をするのは無礼以外の何者でもないからだ。
「名探偵さんは私に話があるんじゃないですか?」
朱里は俺の心を見透かしていたように言う。
向こうから話を促してくる。こういう展開になることを最初から想定していたのかもしれない。
「あんな時間に一人で久堅と話し合いに行ったのは罪滅ぼしだったのか? それとも、姫子に言われたのか?」
あの事件が急展開した朝。
何故か学校にいた姫子。
不自然すぎた姫子からの電話。
危険だと分かっていながらも、何故か一人で久堅と対決しようとした朱里。
まるで二人が示し合わせをしていたかのような展開。
不自然な事だらけだったのだが、姫子は何も語ってはくれなかった。
「……何の話です? 時には私だって感情で動いてしまいます。不肖の兄を止めるために感情的になっていただけです」
「……そうか。なら、俺の勘違いか」
姫子は当然望んでいなかっただろうが、二年前の罪滅ぼしのために、朱里は望んで自分が傷つく展開を選んだのだろう。
二年前に受けた、今では親友である八丁堀姫子の痛みがどんなものだったのかを知るために。
『ただより高いものはないと言います。それではいけません。ヒメちゃんのでは満足できていないかもしれませんし、どうですか? 対価として、私のおっぱいでも揉みますか?』
二人がどんな関係であるのかを説明しようともしない。ぼかしたいのか、それとも、何もないのか。
俺は前者の二人の関係を誰かに悟られたくはないと思っているのでは、と勘ぐっている。
二人は友人である事を隠していたいのだ。
理由はやはりこっくりさんのお賽銭盗難事件なのだろうが、俺が知らないところで、二人がどんな関係を築いていったのかは俺には二人の過去を見れない以上、想像するしかない。
何故ならば、あの台詞で俺は気づいたからだ。
朱里と姫子が友達である事を。
おそらくは二人してプールに行ったりしていたのだろう。
相手の胸の大きさまで知るのは、親しくはない人間には難しい。
しかも、めったに会う事のない、他校の人間となればなおさらだ。
あの時、しまったという顔をしたのは、失言した事に気づいたからだ。
それを誤魔化すために『おっぱい』などと口にしたのだ。
とはいえ、姫子は俺と付き合っていると嘘を言っていたようだが……。
「今回の脚本は誰が書いたんだ?」
事前に用意していた、ヒントとして渡されたあの電話番号が決定的だった。
姫子か朱里のいずれかが構想を練り上げていたのだろう。事件が解決するまでの。
その脚本通り俺はまんまと探偵役を演じさせられていたのだ。
援助交際云々の噂話が出た時点で、御子神朱里は『神子上あかり』というアカウントの存在に気づいたのかもしれない。
もう一つのアカウントである神子上典膳のアカウントも発見したのかもしれない。
もしかしたら、八丁堀姫子の方が先に気づき、姫子が脚本を書いて、物語を動かそうとしたのかもしれない。
想像の域を出ない推測であり、その辺りは俺にはわかり得ないため断定はできない。
誰かが脚本を書いたのは確実なのだ。
「台本なんてありません。物語はいつでもアドリブですよ」
御子神朱里は微笑んだ。
脚本通りなのか、アドリブなのかはっきりとしない柔和な笑みを浮かべていた。
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