眠り猫のいる風景
第1話 眠り猫のいる風景(ve2.0)
――――――――――5月31日 12:25
ここ
受付の机の上で常に身体を丸めて眠っていて、眠りながらも来訪者の送り迎えを数十年している。図書室の管理人的存在な猫だ。
その猫の名前は『シキ』。
眠り猫の置物で、図書委員の卒業生が作成して寄贈したという。
『最近、図書室にいると『にゃ~』って鮮明な猫の鳴き声がまれに聞こえる事があるらしい。置物ながらも、シキが化け猫になって鳴き始めたのではなかろうか』
最近、シキにそんな噂が流れ始めたのである。
そのためなのか、普段は図書室に来ないような学生までが図書室を訪れ、本などに目もくれず、眠り猫のシキを見に来るようになった。
* * *
「じいさんの名にかけてなのか、ええと、見た目は大人、頭脳は子供でしたっけ?
「それ、色々と間違っているが、最後は、一休さんかよ! って突っ込むべきなのか?」
校舎の屋上でのんびりとくつろいでいた俺に声をかけてきたのは、近くにある茜色八幡神社の神主の娘で、よく巫女をやっている錦屋いなり《にしきや いなり》であった。
中学の時、俺が探偵だなんだと言われるようになった要因ともなった『白ワニ事件』に関わっていた一人であるので、いなりは俺の事を都合の良いときだけ『探偵』と呼ぶ。
『白ワニ事件』は俺が中学一年の時に起こった事件で、当事者は後味が悪すぎて誰も語りたがらない事件だったりする。当然俺も語る気はない。
語れと言われれば、語るかもしれない。
野生のワニの群れに白いワニが産まれると、敵対するワニの群れの中にその白ワニを放り込むのだそうだ。
そうすると、目立つために、白いワニは敵対する群れの総攻撃に遭う。
白いワニが襲われている最中に、白いワニを放った群れが敵対する群れの縄張りを奪っていく、という話があるのだが、そういった概要の事件ではあった。
「わざとぼけてみましたので不要なのです」
いなりはにっこりと微笑んで、やんわりと俺の突っ込みをかわした。
垂れ目に近い目をしていて、笑っていなくても目が微笑んでいるように見える事からなのか、いるだけで場がほがらかになる不思議な空気をまとっている。
この街にある茜色八幡神社の神主の娘で、神様がそういうものを与えたのだと希に言われる事があって、その意見にはなるほどと頷ける。
髪はお尻の辺りにまで伸ばしている。
しっとりとした髪で歩く度にふさふさと揺れて、まるで生きているようでもある。誰かが言っていたが、願掛けか何かで、その願いが叶うまでは伸ばしているのだとか。
「俺に話しかけてくるなんて久方ぶりだが、なんか用か?」
クラスが違うから話す事があまりなかった。
同じクラスにいた時は、それなりに話をしていた記憶があるのだが、どうしてあまり話さなくなってしまったんだろうか。
すぐにその理由を思い出す。
白ワニ事件だ。
あれがあってから俺の方から避けていたのかもしれない。
「図書室のシキちゃんが化け猫になったんじゃないかと噂されているのですよ! あんな可愛い眠り猫のシキちゃんがですよ!」
「……らしいな」
噂好きでもない俺でさえその話を聞いているのだから、校内では知らない者はいないレベルなのではなかろうか。
「神主の娘というのは困りものなのです。シキちゃんが化け猫になったかどうか確かめて欲しいと言われたのです。探偵さん、知恵を貸してもらえないですか? いいですよね?」
有無を言わさぬ、肯定のみを求めてくる微笑みを前に俺は苦笑しかできなかった。
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