第10話 ヒントは過去との邂逅(ver2.0)
あの御子神朱里が八丁堀瀬名に殴られた事を恨んで、復讐しようとするものだろうか?
いくら考えてみても、答えは『いいえ』でしかない。
御子神朱里はあの事件によって姫子や瀬名に負い目を感じたからこそ転校したのだから、復讐など毛頭考えていないだろう。
そうなると、典膳なるアカウントの中の人の目的は何なのだろうか。
『八丁堀瀬名、お前を許さない』
そう呟いたが、復讐のためにあのようなアカウントを作成したとでもいうのだろうか。
何の復讐だというのだろうか。
何か復讐計画でも立てていて、それを密かに実行しているのだろうか。
「姫子のヒントを活用するしか俺には道がないのか」
ヒントとして姫子から提供された電話番号。
この番号にかければ、瀬名に何が起こっているのか、どんな復讐計画が水面下で進んでいるのか、その全貌が見えてくるのだろうか。
騙されたと思って、一度、この番号に電話してみよう。
家に帰ったら電話をしよう。午後七時くらいなら相手も電話に出やすいか。しかし、俺がいきなり電話してもいいのか?
逡巡したものの、家に帰り、午後七時になった頃合いを見計らって、その番号に電話をかけていた。
「……」
四回目のコール音で相手が電話に出たが、相手は無言であった。
「ええと、八丁堀姫子さんからこの電話番号を聞いて、電話をしたのですが……」
想定していた対応だったので、俺はたどたどしくもそう切り出す。
これで相手が反応してくれなかったり、電話を切ってしまうようなら、打つ手なしだ。
「え? ヒメちゃんから?」
どうやら相手は姫子の知り合いの女の子のようだ。
何者なのだろうか?
「何も聞かされないでこの電話番号を渡されたんで、あなたが誰か分かっていないんだけど。失礼は承知でお訊ねします。名前、教えてもらってもいい?」
俺は失礼極まりない男である。
しかし、たまにはこういった厚顔ぶりを出さないといけない時も必要なのだ。
「……私ですか?」
「そう、あなた」
「御子神朱里です。あなたはどなたですか?」
全くもって想定していなかった名を名乗られて、俺は思わず息を呑んだ。
心拍数が一気に上がりそうになるのを堪えて、どのような会話をすべきかを頭の中で想定する。
先入観をまずは捨て去り、心を真っ白に塗り替えて、こう切り出した。
「名乗ったかどうかは覚えてはいないが、あなたの罪を暴いた男です」
「……ッ」
朱里が電話口で息を呑むのが分かった。
俺から電話が来るなど想見などした事はなかったのだろう。
朱里も言葉というべきか、会話をシミュレーションしている気配があった。
「名探偵さんですか?」
そう探るように言う。
「名探偵ではないが、才能はないのに周囲から探偵と呼ばれてはいる」
「話が……話がしたいんですか?」
もう何かを了知しているのか、朱里はそう提案してきた。
瀬名に何かをしようとしていた事が俺に知られて、もう観念したとでもいうのだろうか。
「そんなところだ」
「今日、母は出張しているので、今からでも大丈夫です。どうしますか?」
向こうからぐいぐい来られるとは。
姫子とはタイプが違うが、系統としては似ているようだ。
「今からでいいなら、すぐに会うか」
「どこで会いましょう?」
「なら、そうだな。どこがいいか……」
込み入った話をする可能性が高い。
そうなると、喫茶店やファーストフード店などは遠慮したいところではある。
どこで誰に見られるか分かったものではなく、そこからあらぬ噂など流される可能性があるし、それに、盗み聞きをされるかもしれない。壁に耳あり障子に目あり、だ。
「難しい話がしたいのなら、名探偵さんの家でも構わないです」
「はい?」
「信頼できる相談者を探していたので、私としては願ったり叶ったりでしたので好きにしてください」
今の言葉はどのような意味なのだろう。
瀬名に関わる話なのか、それとも別件なのか。しかも、この話しぶりだと、朱里も人には聞かれたくはない話を相談してきそうなので、俺の家が最適と言えるか。
朱里の家でもいいとか言い出さなくて俺は安堵してもいた。
「……分かった。なら、近所で待ち合わせをしよう」
とりあえず、朱里が分かりそうな場所をいくつか提案すると、近所の小さな公園なら場所を知っているという事であったので、そこで待ち合わせをすることにした。
待ち合わせ場所に行く前に、部屋の中を軽く片付けだけはした。
姫子は俺の部屋にはよく来るが、姫子以外の女の子となると初めてかもしれない。なんか妙に緊張してくる。
変に思わなければいいが、などと考えつつ、俺は待ち合わせ場所へとむかった。
時間が時間と言う事もあり、公園には誰もいなかった。
俺は何も考えずにベンチに腰掛け、夜空を見るともなしに見ていた。
スマホがあるので、ポチポチやっていてもいいのだが、そういった気分にはなれず、とりとめもない事をぼうっとしながら考えていたかった。
「……」
俺の方に近づいてくる足音に気づいたが、俺は空を見上げたままでいた。
その足音が段々と俺に近づいてきて、そして、俺の前で止まっても、俺は視線を動かさなかった。
俺の前にいるのは御子神朱里なのだろうが、どのような表情で、どう声をかけていいのか迷い、俺は顔を動かせないでいた。
俺が読んだ数百冊の推理小説では、過去の犯人、しかも、更生した人と探偵達はどう接していただろうか。
「隣、失礼しますね」
電話口で聞いたのと変わらぬ声音が俺の鼓膜を振動させた。
朱里は俺の隣に腰を下ろし、俺と同じように夜空を見上げた気配がした。
「あの時は、ありがとうございました」
「……」
「誰かが私の罪を曝かなければ、あのまま私は罪悪感で押し潰されていたはずです」
「俺はただ幼稚なトリックを解明しただけで、恩を売った覚えはない」
「名探偵さんにもう一度会えたら言おうと思っていた言葉です。聞き流しておいてください」
「あいわかった。聞き流した」
この娘は瀬名に何かしようと計画を立てているのだろうか。
その答えは至極簡単だ。
『あり得ない』
計算高く、腹黒なところは小学六年生の時点であったことはあったが、今はどうだろうか?
そういった犯罪者的な要素は捨て去ったような空気が近くにいるだけで伝わってくる。
この娘は白だ。
限りなく透明な白だ。
瀬名と何らかの関わり合いがあるのならば、その事だけは聞き出さなければなるまい。それがどういう形であるのかはまだ分からないが……。
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