第9話 こっくりさんのお賽銭盗難事件 下編(ver2.0)


『姫子を救って欲しい』


 八丁堀瀬名から切実な相談を受けたのは、こっくりさんのお賽銭盗難事件から一ヶ月後の事であった。


 事情を瀬名から聞かされ、俺は姫子のクラスメイト全員に軽く殺意を抱いたほどだ。


 その後、当日何があったのかをクラスメイトから聞いてまわった瀬名から事件のあらましを聞いて、俺はすぐに何があったのかを見破った。


 おかしな行動をしているのは一人しかいない。


 御子神朱里という少女だけだ。


 朱里を疑わずに、お金を保管していた姫子を疑い、犯人に仕立て上げるなどどうかしている。


「なんでこんな幼稚な判じ物が分からなかったんだ。その先生っていうか担任か、そいつはホントにバカだな。能なしだよ」


 俺はがらにもなくそう毒づいてしまい、瀬名をひかせてしまった。


 大人ならば気づいて当然のトリックを見抜けなかった時点で教師失格の烙印を押したいくらいだった。


「判じ物?」


「あ、トリックの事だ。殺し屋ものの映画とかでよくあるだろ? 袖の下から小型の拳銃を出すっていうの。あれの応用だよ。こっくりさんを始める前に、お札に見立てた新聞紙の束を入れた茶封筒をカーディガンの左袖の中に入れておいたんだ。姫子のランドセルを開けて、中を探っているように見せかけて、隠しておいた茶封筒をカーディガンの袖の下から取り出して、お金の入った茶封筒と入れ替えたんだよ」


「しかしそれだと、持ち物検査で見つかるんじゃ……」


「先生がやったのは、持ち物検査だけであって、身体検査まではやってないはずだ。そこにも先生の落ち度がある。教師失格って言ったのはそれもあるんだ。お札に厚みがあるから衣服には隠せないとか思い込んだんだろう。御子神朱里って奴は持ち物検査が終わった後、ランドセルの中にそっと入れて隠したに違いない」


 俺は憤りではらわたが煮えくり返りそうだった。


 御子神朱里がこっくりさんによる心理的な支配まで行っていたのは賞賛に値するが、実際の犯行となると小学生レベルでお粗末としか言いようがない。


 先生にしろ、クラスメイトにしろ、賢明な人がいたのならば、即座に犯人が御子神朱里である事を見抜いて、姫子のえん罪を証明してくれたはずなのだ。


 だが、姫子のクラスメイトと担任がそろいもそろってバカだったため、今回の悲劇が起こってしまった。


 そいつらを恨まずにはいられなかった。


「……瀬名。どうにかして、その御子神朱里っていうのを事件が起こった場所に呼び出してもらえないか? そいつに罪を償ってもらわないと」


「分かった。連絡してみる」


「もし、言い訳したり、罪を認めないようなら、後は瀬名に任せる。煮るなり焼くなりするがいい」



* * *



 瀬名が連絡すると、御子神朱里は素直に呼び出しに応じた。


 事件があった教室内で、瀬名と朱里とかが見守る中、当日何をしたのかまで詳細どころか、実践して説明すると、


「ありがとうございました」


 御子神朱里は安堵の笑みを隠すことなく表し、深々と頭を下げた。


「あの事件でヒメちゃんがあんな事になるだなんて想像していませんでした。私が罪を告白したとしても、ヒメちゃんをかばっていると言って誰も信じてはくれなかったものですから、名探偵が出て来て、私の罪を暴く事をどこかで期待していました。本当に名探偵が現れるとは思っていなくて……。だから、安心しました」


 顔を上げた朱里は目に涙をためていてはいたが、声を上げて泣いたりはしそうもなかった。


 今まで背負っていた罪悪感が落ちたからなのか、顔に落ちていた影が消え去り、無邪気さに似たは快活さが出始めていた。


 朱里の涙はこれまでの罪悪感と影なのかもしれない。


「君が罪を告白しても駄目だったのか? もしかして、先生も含めて誰も誤りを認めなかったのか?」


 この朱里という少女は罪の意識に苛まれていたのが分かり、これ以上責める気が失せていた。


 しかし、クラスメイトと担任だけは断じて許せないという思いがさらに強く募った。


「……そうだと思います。ヒメちゃんをかばっているとさえ言われたりしました。こっくりさんがお金を要求するようになった原因、ううん、こっくりさんの幻影をヒメちゃんに押しつけたかったんだと思います。ですが、そもそもの原因は、私であるので、私が全て悪いんです」


 朱里は自嘲するように笑い、罪悪感の集まりといえる大粒の涙を流し始めた。


「……君は盗んだお金を持ち主に返せばいい。君の言葉が嘘偽りないなら、当然使っていないだろうし」


 こっくりさんにはまっていた人も、こっくりさんを傍観していた人も、こっくりさんをやっている事を止めなかった人も、こっくりさんという降霊術に何かしらの疑問を抱いていたのかもしれない。疑問というべきか、悪意というべきか、負の感情と言うべきか。


 遊びとは言え降霊術などをやっていた後ろめたさ、そして、こっくりさんを通じて語った嘘を誰かに押しつけたかったのではないか。


 それがたまたま姫子であっただけではないのか。


 こっくりさんをやっていた女子の負の感情がぶつけられただけだったら、姫子はあんなふうに塞ぎ込まなかっただろう。


 無責任で無能な先生、そして、女子に迎合していただけだった男子達。


 彼らの無責任さと負の連鎖によって、姫子は精神を病んでしまった。


 その事の償いをさせるべきではないだろうか。


 姫子と同じように心に傷を負わせる事で。


「瀬名。その子をどうするかは、姫子の兄であるお前に任せる。俺は他の奴らに無実の姫子をあんなふうにした罪を償わせる」


 俺はそう言って、理科室へと急いだ。


 特定の条件が揃えば化学反応で『おまえたちは罪人だ』という文字が怪奇現象のように黒板に浮かび上がる仕掛けをするための薬品を調達するために。


 後日談ではあるが、その次の日、たまたま、御子神朱里ととある通りですれ違った。


 朱里は俺を見るなり顔を逸らしたが、その顔には殴られた痣だけではなく、頬に切り傷のようなものまでできていて痛々しかった。


 感情的になると、瀬名もあんな事をするのだと戦々恐々とした……。


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