第8話 こっくりさんのお賽銭盗難事件 中編(ver2.0)



 こっくりさんのお賽銭盗難事件当日。


 春と夏のちょうど中間で、朝は肌寒く、昼になると上着がいらないと思える暑さになった日であった。


 昼休みに入ると、給食を食べ終えた男子の半数以上は校庭に遊びに出ていき、 教室に残っていたのは女子ばかりであった。


 八丁堀姫子は昼休みには教室にいなくなるよう工作しておいた。


 給食の時間に担任から『体育の授業で使った用具が出しっぱなしらいしから片付けておいてくれ』と用事を言いつけられるように仕向けていたので、昼休みが始まるなり、何人かで体育倉庫へと行っていたのだ。


 当初の計画通り、御子神朱里は寒がりなのかカーディガンを羽織って、おしゃべりに花を咲かせていた女子達の一団の話の輪に加わった。


「おかしな夢を見たから、夢占いをこっくりさんにしてみたいの」


「こっくりさんに夢判断を診てもらうのは名案ね。予知夢かもしれないし」


 夢というワードに心ひかれたのか、自称霊感少女の香月美玲が興味を示した。


「夢かぁ。あたしも夢なら知りたいかも。たまに変な夢とか見ちゃうのよね」


 普段はめったにこっくりさんに参加をしない田沼いたるも夢という言葉に惹かれて参加するも、他の女子は朱里と美玲との組み合わせに難色を示した。


 そんな三人でこっくりさんという降霊術をすることに。


 朱里にしてみれば、計画通りに進めることができれば、参加するのは誰でも良かったのだ。


 クラスで流行っていたこっくりさんは、スタンダードなものであった。


『あ』から始まり『ん』で終わる五十音があかさたなはまやらわ順できちんと書かれ、その五十音の上の方にに『はい』『いいえ』という返答用の言葉、それと『はい』と『いいえ』の間に、赤い鳥居が書かれた紙で行うものであった。


 その紙の上に十円玉を置き、降霊を行う者達が人差し指を十円玉の上に置く事となる。


 朱里、美玲、いたるの三人は二つの机を合わせて降霊用の台とし、その上にこっくりさんを呼び出す紙を置いた。


 朱里といたる、美玲が向かい合う形で腰掛けると、紙の上に書かれている鳥居の上に十円玉を置いた。


「じゃ、始めよう」


 朱里がまずは十円玉に右手の人差し指を置き、左手を机の中に入れる。


 それに倣うようにして、美玲といたるも十円玉に人差し指を添える。


「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいで下さい。おいでになられましたら『はい』へお進み下さい」


 美玲がこっくりさんの呼び出しを行うも、十円玉は動かなかった。


「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいで下さい。おいでになられましたら『はい』へお進み下さい」


 続いて、いたるが言うも、やはり十円玉は動かない。


「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいで下さい。おいでになられましたら『はい』へお進み下さい」


 朱里が呼びかけを行うと、十円玉に微かな動きがあった。


 ふるふると震えたかと思うと、『はい』へと動いたのだ。


「こっくりさん、こっくりさん、鳥居までお戻りください」


 朱里に応えるように『はい』から『鳥居』へと十円玉が戻る。


 三人は一斉に深く息を吐いた。


 緊張感から解放されたのかもしれない。


「こっくりさん、こっくりさん、あなたは夢占いができますか?」


 こっくりさんの返答は『はい』であった。


「こっくりさん、こっくりさん、鳥居までお戻りください」


 こっくりさんは素直に『鳥居』へと戻る。


「こっくりさん、こっくりさん。私が昨日見た夢はなんだったか分かりますか?」


 朱里の問うと、十円玉がぶるぶると震えだした。


 朱里は顔を上げ、まずは美玲を、次にいたるを見て、小首をかしげた。


 美玲もいたるも、私には分からないと言いたげに首を横に振った。


「こっくりさん、こっくりさん。私が昨日見た夢はなんだったか分かりますか? 狐が封筒をくわえて、どこかに行く夢です」


『か』『ね』


 十円玉の円を描くように震えたかと思うと、その二文字の上で止まった後、鳥居へと戻った。


「か、ね? こっくりさん、こっくりさん、なんの事ですか?」


『か』『ね』


 朱里の問いに、またしても同じ返答をして鳥居へと帰還した。


「こっくりさん、こっくりさん、お賽銭が欲しいんですか?」


『いいえ』


 こっくりさんはそう返答した。


「こっくりさん、こっくりさん、なんのお金の事なんですか?」


『か』『ね』『な』『い』


 十円玉がすっと動いていき、その四文字を示すと、鳥居へと速やかに戻った。


「かねない? おかねがないんですか? なんの?」


『う』『し』『ろ』


 今度は軽やかに文字を選び、鳥居へと戻る。


 後ろと言われ、三人は顔を見合わせるなり、教室の後方を驚きの眼差しで見た。


 こっくりさんをやっている三人からただならぬ空気が流れ始めたからなのか、クラスにいた女子全員が三人の様子を息を殺して見守り始めた。


 教室の後ろには、各のランドセルを入れるロッカーがある。


 姫子のランドセルの中にお金が入っている事はこのクラスにいる全員が知っていた。


 何人もの女子が持ってきたこっくりさんへのお賽銭を八丁堀姫子が預かっていたのだから当然で、律儀にも姫子はランドセルの中に預かったお金を茶封筒に入れて保管していた。


「『かね』『うしろ』って、うしろのおかねっていう意味だよね。それって……あれだよね?」


 いたるが顔を蒼くして呟くように言った。


「……う、うん。後ろにあるお金って、姫子の……」


 美玲が言葉の意味を即座に理解して、顔を真っ青にさせて頷いた。


「……うしろ、かね、それがないって……」


 朱里は十円玉から人差し指を離すなり、姫子のロッカーの前まで駆け寄った。


「あかり!! こっくりさんがまだ帰ってない!!!!」


 ルールに則ってこっくりさんに帰ってもらっていない事に悲痛な叫びをあげる美玲を余所に、朱里は姫子のランドセルをロッカーから取り出した。


 勢いに任せるようにしてランドセルを開けて、中を確認した。


 その様子をやはりクラスにいた女子全員が固唾を呑んで見守っていた。


 美玲も、いたるも、もうこっくりさんに興味がなくなったかのように朱里を見つめている。


「……あるじゃない」


 朱里はランドセルの中に手を入れて、もぞもぞとやってからみんなが預けているお金が入っているであろう膨らみのある茶封筒を左手で取り出して、右手に持ち替えると、皆に見せるように上に掲げた。


「こっくりさん、嘘言ったのかな?」


 様子を見守っていた女子だけではなく、美玲といたるも同様にそっと胸をなで下ろした。


 こっくりさんが皆を驚かそうと嘘をついたのだと分かって、ホッとしたのだ。


「……あれ?」


 朱里は確認のために茶封筒の中をのぞき込んで、顔色を変えた。


「新聞紙?」


 茶封筒の中にはあったのは、お札と同じ大きさに切られた新聞紙の束だったからだ。


 朱里は皆に見えるように封筒からその新聞紙の束を取り出し、みんなに示した。


 ここまでの演技、そして、小学生の朱里にしては上出来だったトリックも順調であった。


 しかし、ここから誤算が生じ、朱里の当初の計画とはかけ離れた展開となっていった。


 クラスにいた女子達が集団ヒステリーを起こし、教室に戻ってきた八丁堀姫子を取り囲み、問い詰めるだけにはとどまらず、リンチに近い尋問までし始め、担任の先生が出てくるまでに発展したのである。


 お金がなくなった事を先生が知ると、クラス全員の持ち物検査を実行した。


 お金は当然見つからず、姫子がどこかに隠したのではと疑われるに至り、担任も交えた糾弾会が始まり、責められ続ける事に耐えきれなくなって泣き出した姫子をなおも弾劾し出した。


 それだけには収まらず、保護者までも呼び出しての詰問が行われ、姫子の幼い心はズタズタに引き裂かれた。


 そして、次の日から姫子は家を出ることさえできなくなり、不登校になったのであった……。



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