第7話 こっくりさんのお賽銭盗難事件 上編(ver2.0)



 こっくりさんのお賽銭盗難事件。


 それは、八丁堀姫子が一時期引きこもる要因となった事件であった。


 姫子が小学六年生の時に起こったもので、その盗難事件を仕掛けたのは、クラスのリーダー的な存在の御子神朱里である。


 数ヶ月前、御子神朱里の両親が離婚をした。


 朱里の方は母親に引き取られた。


 離婚の原因は夫婦のすれ違いだと知っていたので、父親とじっくりと話をして分かってもらい、元鞘に戻ってもらおうと考えていた。


 そんな父親は離婚後すぐに転勤を希望し、新幹線でしか行けない場所へと引っ越しをしてしまっていたのだ。


 多少のお小遣いはあるものの、さすがに新幹線に乗れるほどの蓄えはなかった。


 そこで当時クラスで流行っていたこっくりさんを利用して、父親に会いに行く旅費を一時的に借りようと考えたのである。



                * * *



 誰がこっくりさんを最初に行ったのか、誰も覚えてはいなかった。


 いつのまにか女子の間で流行し、昼休みや放課後など数人の女子が集まっては、こっくりさんをするようになっていた。


 とはいえ、八丁堀姫子も、御子神朱里も、こっくりさんの輪の中に入ろうとはしていなかった。


 姫子はそういった類いのものを信じておらず、最初から興味がなかったので、参加する気も起きなかったという。


 御子神朱里は興味はあるものの両親の離婚のゴタゴタなどでこっくりさんなどに参加する気も起きなかったのだそうだ。


 皆がこっくりさんをやっているのを冷静に観察していると、このクラスで行われているこっくりさんは降霊術などではなく、誰かの意思によって支配されているものだと見抜いて、利用できないだろうかと考えるようになったのだという。


 女子の誰かが欲する答えを指し示すように操作していたのだ。


 御子神朱里は、自分がこの降霊術もどきを支配し、皆を先導、あるいは、洗脳できるのでは? と考えるようになり、計画を立てていったのだそうだ。


『みんな答えを求めているようでしたから、私がみんなの望む答えへと導いてあげようと思ったのです。その報酬が集めたお金を一時的に借りる事だと思っていました。私が救いを提供してあげたのだから、私にも救いを提供してってところだったんですけど。でも……』


 御子神朱里が全ての罪を認めた時に、自嘲気味に笑いながら、そう語っていた。


 彼女はは小学生とは思えないくらいしっかりとした少女ではあった。


 事故や事件、震災などで、それまでは凡人だった人が覚醒してしまい、別人のようになる事があるという話を聞いた事がある。もしかしたら、御子神朱里は両親の離婚で覚醒してしまったのかもしれない。


 小学生故に考えが浅はかではあった。


 御子神朱里は、集団心理というものを理解できていなかったのだ。


 御子神朱里がこっくりさんに参加するようになったのは、こっくりさんのお賽銭盗難事件が起こる二ヶ月前くらいだったそうだ。


 最初のうちは、誰が主導権を握っているのか探りを入れるため、こっくりさんの返答には関与しないよう心がけていた。


 何度も何度も参加していくうちに、二人の同級生がこっくりさんの主導権を握っているのを看破していった。


 一人は霊感少女と自称している香月美玲こうづき みれい、もう一人は学園カーストで上位を狙うなどと寝言をよく言っていた篠崎光しのざき ひかりだった。


 美玲と光のどちらかとこっくりさんをやるときはやるべく彼女達に任せて、そのほかの女子と組むときには主導権を握り、こっくりさんの返答を操るようにした。


 すると不思議な事に、美玲も光も、こっくりさんの返答を操作しないようになってきたのだ。



 時は満ちた。


 そう思った朱里は、計画を実行に移していった。


 こっくりさんをやるのを止めはしなかった。


 しかし、最後に罠を仕込むようにしたのである。


『こっくりさん、どうぞ、お帰りください』


 こっくりさんを終わらせる時の定番の台詞である。


 これでほとんどのこっくりさんは帰ってくれると言われている。


『こっくりさん、どうぞ、お帰りください』


 だが、朱里達がそう言っても、


『いいえ』


 帰らないという意思を示すように、いいえを選択するようにしたのである。


『か、ね』


『さ、い、せ、ん』


 朱里達が何も質問していないのに、お金を所望するような文字を選択させるのだ。


『か、な、ら、ず』


 最後の締めとして、その文字を言わせた後、こっくりさんを帰すようにした。


 ある程度のそういった仕込みをしてから朱里が取った行動は、お金を持ってくる事であった。


 しかも、千円を封筒に入れて。


「こっくりさん、お金をほしがっているみたいなのよね。夢に現れて、持って来ないと不幸が起こるって」


 次に仕込んだのは、お賽銭をこっくりさんに渡せなかったせいで起こったと連想させる不幸の演出である。


 お金を持ってきた次の日に、手に包帯を巻いて登校したのである。


「何かにつまづいちゃって転んじゃったの。でも、つまづくものなんて、そこには何もなかったのよ。不思議な話よね」


 どうしたの? と、同級生が訊ねてくるたびにそう答えたのである。


 集団心理というべきなのか、お金を持ってこないと不幸な事が起こるという話になっていき、こっくりさんをやっていた女子はお金を持ってくるようになった。


 そうは言っても、誰に渡せばいいのか分からなかった事もあり、こっくりさんをやっていない八丁堀姫子に預けておくのがいいのでは、と誰かが言いだしたため、半ば強引に姫子に預けるようになった。


 姫子に預けているお金が数万円になった頃合いで、御子神朱里は何度も予行練習をした後に実行したのである。


 こっくりさんが持ってきたお金を賽銭として受け取ったという演出を含めた『こっくりさんのお賽銭盗難事件』を。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る