第2話 イワシの頭の意味は?(ver2.0)


「おい、邦雄。一緒に昼飯、どうだ?」


 昼休みになり、俺は自前の弁当を持って、誰もいないところで、ひっそりと昼飯を食べようかと、椅子から腰を浮かせたところで八丁堀瀬名から声をかけられた。


 瀬名が俺を昼飯に誘うのは珍しい。


 普段ならば、俺なんかには声をかけずに、取り巻きと昼ご飯を食べているはずなのだが。


「何か裏心でも?」


「さすが探偵。その通りだ」


 瀬名は屈託なく笑った。


「探偵は止めて欲しいな。俺は探偵なんかじゃない」


 俺は席を立ち、とりあえず腰を据えて話せそうな場所へと足を向けた。


「下駄箱の中にイワシの頭が……」


「で、何か意味があるのか?」


 人気がない校舎裏のベンチに並んで腰掛けて、俺は弁当に手を付けながら、瀬名の話を聞いていた。


 普通だったら、嫌がらせか何かとしか捉えないだろう。


 そうではなく何か意味があるのでは、と穿った見方をするのは瀬名らしいといえば瀬名らしい。


 それは、八丁堀という名前のせいでもある。とある時代劇で名前では呼ばれずに『八丁堀』と呼ばれた登場人物がいたのだが、名前ではなく、そう呼ばれる事に興味をもったせいで物事には裏表があると見るようになったりした経緯がある。


 表の顔と裏の顔、半か丁か、といったところだ。


「探偵としての意見は何かあるか?」


 瀬名は購買で買ってきたパンをかじりながら、素っ気なく訊いてくる。


 興味があるのかないのかが感情に出ていないので拍子抜けしてしまう。


 何か他に気がかりな事でもあるのだろうか?


 それとも、それで何かを見落としがあるのかと危惧しているのだろうか?


 いずれにせよ、今の瀬名には、見落としてはいけない『何か』があるのだろう。


 見落としてはいけない『何か』とは何なのか。


「節分の柊鰯ひいらぎいわしの風習が真っ先に思い浮かぶ。生憎、今日は節分ではない。それ以外だと、鰯の頭も信心から、という意味合いがあるのかと思ったが、何かを信じているワケでもないから関係なさそうだし」


 そう口にはしたが、おそらくは柊鰯に結びつけた『何か』であるように考えていたりする。


 イワシの頭だけで答えを出すのは難しい。イワシの頭の他に関連した『何か』があれば、きちんと推理することは可能なのだが、今の項状態では憶測でものを言うしかない。


「ひいらぎいわし? なんだ、それ?」


「節分時に、魔除けって言う意味で、焼いた鰯の頭とひいらぎを玄関の戸口に飾るだろ。あれを柊鰯って言うんだ」


「ああ、あれか……」


「柊の葉が鬼の目に刺さるから鬼が入ってくる事を防ぐし、焼いた鰯の煙とか臭いを鬼が嫌がるから近寄らなくなるから、ああいう飾りを戸口に飾るようになったんだとか。百鬼夜行が信じられていた平安時代くらいからの風習みたいだな」


「ほぉ。博識だな」


「俺の推測なんだが、置かれていたのが焼いたイワシの頭だから近寄るなって意味なのかもしれない」


「つまり、警告、と」


「……どうだろうな」


 こんな遠回しな警告をする奴がいるのかが問題だ。


 直接言えない立場にあるのか、それとも、瀬名と話す気がないのか。


 そういった考えは本当に考えすぎているだけで、ただのイタズラであったという可能性も捨てきれない。


「……そっか、警告か。ケリ付けろって事なのか」


 瀬名はパンを一気に口に突っ込んで、ベンチからやおら立ち上がった。


「何か心当たりがあるのか?」


「……なあ、邦雄」


「ん?」


「姫子とはやったのか?」


「っ!?」


 いきなり突拍子もないことを言われて、むせそうになった上、俺は手にしていた弁当を落っことしそうになった。


 なんとか弁当を支え、俺は瀬名を睨み付けた。


「な、なんだよ! いきなり!」


 姫子というのは八丁堀瀬名の妹で、昔からよく遊んでいた事もあり、幼なじみというよりかは義理の妹に近い存在と言える。


 俺たちが高二なのに対して、姫子は中学二年生である。ツインテールの可愛い女の子であるのだが、俺と姫子はまだ付き合ったりはしていない。


 姫子の方から猛アピールしてくるのだが、俺にはその気がないのだからどうしようもないのだ。


「やってみてから付き合うかどうか考えるのもありなんだよ、邦雄」


「……」


「ありがとよ、邦雄」


 瀬名は寂しげな笑みを一瞬だけ見せて、俺から離れていった。


 強引に話題を変えられたが、強引すぎたせいで不自然さが出てしまい、瀬名の心の中に何か思い当たる事があったのだと予想できる。


 俺には言えない個人的な問題なのだろうか。


 それとも……。


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