魔法にかかったまま
「私たちは、鳥のようには飛べないけれど」
彼女は呟いた。それが私に向けられたものだったのか、独り言だったのかはわからない。
「きっと今は、鳥よりも自由だ」
私たちは、街を出て、獣道と呼ぶにも未だ至らない道を進み、森を抜けた竹林を歩いていた。地図の上でどこであるかは、この旅にはあまりに愚かな問いだった。彼女の言葉に、何を思ったのかは、思い出せない。
「もちろん、羽があったなら、今より自由になれるけど」
彼女はいつも、笑っていた。微笑みや愛想笑いではなく、楽しそうな、笑顔だった。私は笑っていなかったと思う。もしかしたら表情では笑顔になっていたかもしれないが、少なくとも彼女のように笑顔で話したり、声を出して笑うことはなかった。
誰かが、大人になることを、かけられた魔法が解けていくと表現していたが、まさに彼女は魔法がかかったままで、私はそうではなかった。魔法にかかったままの彼女を、少しうらやましく思った。
しかし彼女は決して子供ではなかった。理想や希望を語ることはあっても我儘はなく、言ってしまえばそれはほとんどが実現不可能な空想だった。そして彼女の語る空想はどれも、共感のできる、心地よいものだった。
まっすぐに、ただまっすぐに空へと伸びる竹に囲まれた林を、奔放な空想を語る彼女と歩いていく。太陽が笹に隠され、少しばかり光が遮られる。そっと風が吹き、彼女がいつも通りの笑顔で話しかけてくる。
「私が死んだら、鳥のいる場所に置いてほしい。鳥葬と言ったかな、鳥に――」
その先は、揺れる笹の音と混じって聞き取れなかった。もしくは、彼女の口から聞きたくなかったことから意識を背けたかったのかもしれない。何を言わんとしているかはわかった。鳥に喰われて、世界中を廻りたい、と言ったのだ。わかったが、この旅の終わりを示唆する言葉を、彼女の口から耳にしたくなかった。聞き取らなかったにしろ聞き取れなかったにしろ、風と笹の音とには感謝した。
太陽と私たちとを邪魔していたものがなくなり、一時的に減っていた光量が戻る。私が曖昧な返事をして、一行は再び前を向いて、何にも導かれることなく歩き始めた。
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