桜の下であなたに

 七海が短期留学に行ってから半年――

 学校の前には桜並木があって、今季節は春。満開を迎えている。

 この光景を見ようと約束していた七海は隣にいない。その代わり……右手には一通の手紙が握られている。

 そして一番見たがっていたであろう彼女と共にもう一度この桜を見ようと思っている。

 顔からは溢れて止まらない涙。拭うことなどせず、ただ黙って満開の桜を見上げている――


 始業式前日に学校に呼び出された俺は何かやったのかと戸惑いつつも学校への道のりを自転車で走っていた。

 結構有名だという桜並木。まだ七分咲きという感じだろうか。もう少ししたら彼女と満開の桜が見れるはず。心の中でそう考えながら校門をくぐる。

 連絡してきたのは担任で、すぐに職員室へと向かう。

 ドアをノックして「失礼します」と声をかけ自分の担任の先生を探す。

「あ、君滝川君かな?」

 学年が違うのであまり見かける事の無い初老で、白髪の先生に声をけられた。

「えぇと、はいそうですけど……あの……」

「君が来たら会議室に来てくれと伝えるように言われていてね」

「そうですか。ありがとうございます。早速行ってみますので失礼します」

 先生にお辞儀をしてクルっと反転し職員室を出る。

 ――会議室? 俺何かしたかな?

 不安が胸の中で渦巻く。歩く事三分で目的の会議室前へ。聞き耳を立てるわけじゃないけど中の様子を伺う。

 中からは先生と思しき声と、男女の声がする。こうなるともう頭の中ではパニックだ。

 ――親? うちの親が呼ばれたのか!? まずいマズい!!

 何も悪い事をした覚えがなくても頭の中はぐちゃぐちゃだ。


 ガチャ

 不意に会議室のドアが開き中から人影が現れた。

「そろそろ滝川も来……」

「あ!?」

 中から出てきた先生と眼があった。

「……入れ、滝川」

「……はい」

 覚悟を決めて中に入ると、そこには思わぬ人が腰を下ろしていた。

「あ……れ? 七海の……」

「久しぶりだね勇樹君」

 ますますどういう事か分からなくなってその場に立ち尽くすしかなかった――

「七海からこれを君にと……」

 七海の母親から渡された一通の手紙。そして……

「七海は……亡くなったんだ……」

「え!? ちょ、何言って……んですか……七海が? そんな……だってこの前も電話で……」

 父親からの言葉に血の気が引いていく。

「その時、私は隣にいたんだが……その日が限界だったんだ……すまない」

 信じられない俺はそのまま飛び出して走り出した。七海に会いたいと思う気持ちだけがそうさせる。

 走って……走って……

 ――家に行けばあの笑顔の七海がいるはず!!

 走って……校門を出て目の前に桜並木が広がっているのが映る。

「うっ……」

 ホホを伝う温かい流れ……とめどなく溢れてくるものを拭う事が出来ずに、そのまま……流れるままにして桜に見いる。

 手に掴んだままの感触がようやく脳に伝わると、それが手紙だと思い出す。

 そのまま……立ったまま読み始めた……


 ――心から愛する勇樹へ

 悲しい顔を思い出にしたくないから。

 涙を流しているあなたの顔を想像しただけで胸が苦しくなる。

 だから言わない……だから言えない。

 だから手紙であなたに伝えようと思います。

 私は急性骨髄性白血病という病にかかりました。これは突然症状が出て進行速度も速い病気みたいで……。だから病院に通ってました。

 短期留学なんてウソ。本当は入院して闘ってたの。

 あなたの隣に戻るために……


 ねぇ勇樹……

 初めて学校であった時の事覚えてる? あなたに声を掛けたのだって本当にドキドキしたの。それからの私はずっとあなたを見てた。だけど気付かれないのが寂しくて恥ずかしくて声をかけられなかった。屋上で声をかけたのだってすごく勇気が必要だったんだから!! その時の戸惑った顔今でも思い出すと泣けちゃう。


 ごめんなさい

 でも……この手紙を勇樹が読んでるって事は……私はもういないのかな。あなたの側にはもういる事が出来ない。思うだけで涙が止まりません……ごめんなさい。


 あなたに笑っていて欲しいから。

 あなたと歩いたあの桜の下でもう一度あなたに言いたかった

 あなたに黙っていくこと許してね。

 あなたがずっと好きでした。これからもずっと好きです。

 愛しています。

 私の最後の想い出は大切なあなたの優しい笑顔です。


 さようなら勇樹。

 勇樹……幸せになってね……

 私があなたを見守るから……


 七海――



 ――目の前の桜……見えてるか? 七海……また一緒に見ようって……約束したのに!!

 泣き崩れる俺を包み込むように桜の花びらが舞い、覆い隠してくれた。


「泣かないで勇樹……側に居るから……」

「七海……?」


 声が聞こえた気がした。七海の温もりを感じた気がした。

 七海の……あの笑顔が桜吹雪の中で見えたような気がした……

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心からありがとう ~大切な想いと切ない想いと~  武 頼庵(藤谷 K介) @bu-laian

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