お帰り!!

 はぁ……はぁ……

 俺は今喫茶店へ向けて走っている――



 駅に着いた集団は、先生からの注意を聞いた後解散となった。これが人数の多い旅行ならまずは7確認作業して……なんて時間がかかるんだろうけど、俺達の方は本当に顔見知ったやつしか参加してないから確認も簡単だ。

 注意といってもお決まりのセリフのような「家に着くまでが~」みたいなもので、引率の先生方の表情にも無事ついたという安堵感が出ていた。

 解散となってからも皆は旅行の名残惜しさからか帰ろうともせず、まだまだ話をしたいとばかりにその場で会話を続ける者と移動して話をしようとするものに別れようとしていた。

 少しずつその場を離れようとしていた俺に気付いた一人が声をかけてきたけど、丁寧にお断りの挨拶をすると逃げるように走り出した。

 なぜか後ろから「頑張れよぉ!!」「ヒュー!!」とか声が飛んでいる。

 ――完全にバレてるな……


「待ってる」


 あの言葉を聞いてから早くその場所へ行きたいという衝動がおさまらない。楽しい修学旅行の余韻なんて今の自分の中には全くないといってもいい。あるのはただ七海に会いたいと思う気持ちだけ。

 声を聞いてしまってはもうどの衝動は止められないものとなっていた。周りの友達は電話から戻ってきた俺の顔を見て何やら悟ってしまったようだけど、その時からどこか上の空だったのかもしれない。

 ――顔に出るほどわかりやすいのか? 俺って……

 自虐的に考えながら苦笑いする。肩にかけた荷物入りのスポーツバックは食い込むほど重かったけど、それよりも段違いなほど足取りは軽いと感じていた。

 約束の喫茶店に向かう俺はいったいどんな顔しているのだろう……? あれほど楽しいと想えなくなっていた短い期間の旅行中よりも、明らかに走っている今の方が気持ちが高ぶっている。

 ――七海に会える!!

 それがこんなにも自分自身を掻き立てて前進する力に変えてくれるとは思わなかった。聞きたいこと、言いたいことがたくさんあったけど、そんなのどうでもいい。ただただ逢いたい!! そう思うだけ。


 カランカラン――

 走り続けて息が完全に上がっている俺はお店の中に飛び込むようにドアを開いた。

 はぁはぁ……はぁ……はぁ……

 店内をぐるっと見渡すと見慣れた頭が少し見えている。息を整える間もなくそちらに近づいて行こうと右足を踏み出そうと……するんだけどなかなか動けない。

 ドアの前から動かない俺に気付いたマスターと思われし姿の男性が、声に出さず口だけ開いて「大丈夫かい?」と聞いてくれる。それに笑顔で応えたはずだけど……たぶんぎこちなくて、あんまり人に見せたくない表情だったと思う。

 ゆっくりと張り付いたままの左足を力を込めて前に出す。

 ――何だこれ? こんなに……もしかして緊張してるのか? 

 すぐそこにいるはずの七海に会いたいだけ……会うだけなのに……


 出入り口で入ってきたお客さんがまごまごしているのを不思議に思ったのか、ぴょこっと頭が動いて顔が通路に出る。

「あ!!」

「うっ!!」

 見えた顔は間違いなく七海で、満面の笑顔があった。

「勇樹ぃ~!!」

「よ、よう……」

 それまで杭を打たれたかのように動かないままだった足がフワッと浮き上がる。一歩また一歩と七海の方へ近づいていく。座っているテーブル脇まで移動してきた。七海の全身が目の中にと見込んできた。そしてそこには七海のあの少し火照ったようなホホを赤らめながら満面に喜びを表したような笑顔がある。

 ――この笑顔を俺は……

「お帰り!! 勇樹待ってたよ」

「え!? あ、おう……ただいま七海……」

 ――俺はこの笑顔の七海に会いたかったんだ……

「どうしたの?」

「どうしたのって……」

 座ったら? ジェスチャーだけで七海が向かい側を示す。それに大人しく従うように通路から移動して、対面になるように座り、その隣にスポーツバッグを置く。その様子を笑顔で見ていた七海も落ち着いた事を確認すると向かい合うように座り直した。

 タイミングを見ていた店員さんが寄ってきて注文を聞かれる。オレンジジュースと迷った挙句コーヒーを注文した。

 くすくすくす。

 見ている七海が笑っている。

「笑うなよ……」

「だって嬉しいんだもん」

 ニコニコとする顔を見ていると、なんだか俺まで不思議とおかしく感じてくる。

「てか、何でここにいるの?」

「え? う~ん……待ってたから?」

 少し首をかしげてニコって笑う七海。

 ――かわいいな……

「いやいやいや!! そういう意味じゃなくてさ!!」

「いいじゃない。勇樹が帰ってくるのを待ってたのは本当だもん」

 手元に引き寄せていたカップをつまんで口元へ運んだ七海は、これと言って変わったところが見当たらない。通常通りいつも見ていた七海にしか見えないんだけど、そうなるとやっぱり疑問が浮かんでくる。

 ――なぜ隣にいてくれなかったんだ七海……

「あの……」

「ちょっと……」

「「あ!!」」

 言葉が被る。こういう時は少し嬉しい。七海と気持ちが通じてるような気がしてくるから。七海も微笑んでいるし、同じような事を感じてくれてるのかもしれない。

「あぁ~そのなんだ……七海から話してよ」

「え!? うん……じゃぁ……」

「それで……何?」

「うん……私ね、短期留学することになったんだ」


 本当に考えたことなどないフレーズが頭の中に響く。

 ――留学って何? どこに? いつから? 

 向かい合ったままの二人の周りに、何とも言えない雰囲気が漂っていた。

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