一人

俺の鼓動はとてつもなく高鳴っていた。

腕時計を何度も見て確認する。それから外を見わたす。その繰り返し。


自分の事のように焦っている。


いやな予感はしていた。待ち合わせの時間に家に行っても誰も応答がない。それどころか誰かが出てくる気配さえしなかった。誰もいない。それは間違いないだろう。


でもなぜ? どうして今日なのか?

昨日は何事もなかったように電話もしたけど声も普通だった。あれから何かあったのだろうか?


時間は過ぎていく。


「はい!! みんな揃ってるな!?」


集合場所は学校の体育館。


「先生!!」

「どうした?」

「七海が……遠野さんが来てないみたいなんですけど」

「あぁ遠野は来ない。修学旅行は欠席するそうだ。先ほど親御さんから連絡が入った」

「え!? 欠席!? そんな……」


俺が聞かされてない事がある—―この時少しだけどそう思った—―確信になるのはずっと後だけど。


修学旅行は三泊四日。

その間は七海がいない。

移動するバスのなかでも、駅についてそこで別れていく他の生徒たちを見送りながらも俺の頭の中では七海の事しかなかった。すぐにケータイで連絡をしたけど、まだ返信も着信もない。

—―これはあの時と同じだ……

――俺は――何かを見落として――いるのか?

それは唐突に浮かんできた考え。でもそうとしか思えない何かひっかりが有る。

でもそれが何なのかはわからない……


修学旅行は始まってまだ数十分しかたっていないのに、俺の心の中はすでに終わったモノになりつつあった。


前を見ると先ほどまで七海がいない事に驚いたり、バタバタしていたやつらがすでに気を持ちなおしてワイワイと騒ぎ始めていた。

――俺はそんなに気持ちを切り替えることが早くできるやつじゃない。

――諦めも自分では知らなかっただけで決して良い方じゃなかったみたいだ。

無意識のうちに取り出していたケータイでメールを打っていた。



――それから数時間後。

あれほど楽しみにしていた北海道だったのに着いてからも俺の心の中は沈んだまま。

一緒に観光地などを廻る班のやつらからいくら声をかけられても返事もなかなかできないまま。

しまったはずのケータイを取り出しては黒くなったままの画面を見てため息ばかりついていた。


初日は本当に観光のような形で進行していた。

北海道に行く組は学年でもそんなに数が多くはなく、基本的には着いた初日から班による行動が承認されていた。もちろん前もって出した計画書に基づいて行かなければならないけど、どこで何をするとか割と自由に設定できた。

[泊まる場所にこの時間まで集合]

この事さえ守ればだいたい大丈夫らしい。引率で来る先生方もそれほど人数を割けるわけではないのだろう。[自主性に任せる]という体のいいの野放しである。


――俺達は歩いていた。

それもこの日の為にみんなで楽しく考えた順路を。

「いいかげんに少しはたのしめよ!?」

「そうだぞ!! せっかくの旅行なんだし!!」

「わかるよ……七海がいないからつまらないのは……」

「いないなら後から動画とか送ってやればいいんじゃない?」

「「おお!!いいねそれ!!」」


肩に腕に一緒に行動する班の仲間たちがぽんぽんとたたいていく。


「それにね……」

「なんだよ?」

「いないって事を悲しんでたら来れなかった七海だって悲しいと思うよ?」

「……」

「そうだぞ勇樹」


――そうなのか? 七海……

――俺は楽しんでいいのか?


「いいんだよ勇樹……」


空を見上げた俺にそんな声が聞こえた気がした……


――数時間後。

大分歩き回って疲れはてながら着いた集合場所は結構立派な旅館だった。

割り当てられた部屋に向かって一斉にワイワイと歩く。

俺の気持も昼間の事があって少しだけ持ち直していた。クラスメイト数人と部屋に入ると、同部屋になっている隣のクラスの生徒がすでに中に居た。

軽く挨拶を交わして荷物を置く。


ふと気づいたように取り出したケータイ。

画面は黒いままじゃなく着信を示すランプが点灯していた。


慌てて中を確認する。

電話の着信だった。七海からだ。


「ごめんね、行けなくなっちゃった……」


着信に気付かなかった俺はそれを受け取ることができなかった。だから残されていたのはメセージ。

とても短いその言葉だけど、聞いた瞬間涙が眼に溢れてきた。

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