果たされない約束
いつも俺は隣に立っている。
七海の…。
それが当たり前だと思っていた…。
二年生の秋にある行事。ウチの学校では修学旅行がそれにあたる。
前までの俺なら何とかしに数日をやり過ごす事だけを考えていただろう。実際に中学に時は学校を休んでもいいかなぁって本気で思ったりもした。
今は違う。
それどころか楽しみですらある。
何しろ七海と行く初めての遠出であり、旅行でもあるのだ。メリットはもちろん七海と一緒に楽しい時間を共有できること。デメリットは同じ方向を選んだ生徒たちも一緒だという事。
しかし俺ってこんなに七海の事が好きだったのかと改めて思う。
あまりにも物事を考えるのが[七海基準]になっている。
少し前に七海が連日休んだ時もけっこううろたえたりしたっけ…。
そういえばあの時何で休んでたのか聞くのを忘れてたなぁ…。
一人教室の中から外の景色をぼんやりと眺めていた。
「 勇樹 」
呼ばれて振り向いた先に七海の顔があった。
前の席にいつの間にか腰を下ろして、両肘をついて手のひらの上に顔を乗せた状態でこちらを見ていた。
「 どうした? 」
「 うん。今週の日曜に海に行こうよ 」
「 え!? 海!? 」
「 あ、でも泳がないよ? もう寒いし 」
自分から何処かに行きたいという事があまりない七海が、夏の終りかけた時期に海に行きたいと言っている。
男としては[泳がないよ?]ってセリフに少し……いやかなりガッカリした。
海か……。
「 いいよ 」
「 ほんと!? 」
「 うん。でもこの時期の海は風が冷たくなるし、それでもいいのか? 」
「 良いよ。それは問題じゃないんだもん。勇樹と一緒に行くって事が大切なんだよ 」
たぶん俺の顔は赤くなっているだろう。
目の前の七海がくすくすと笑ってるから間違いない。
その約束をしたのが水曜日。
その後の曜日は浮かれた心を表すように、早回しの時計のごとく過ぎ去っていった。
日曜日の朝。
七海の家まで迎えに行くことになっている俺は、目覚まし時計を約束の時間の2時間前にセットしておいた。
でもそれがなる前に自然と目覚めていた。
小学生か俺は…。
七海と出かけるなんて今までだってたくさんあったのに、いつも約束した時間よりもだいぶ前に目覚めてしまう。
まるで遠足や運動会を待ち焦がれてる子供みたいに。
ぼ~っとしている時間はない。
布団を思いっきり蹴り飛ばして起き上がり、顔を洗いに洗面所へと歩いて行く。
突発的な事が何かあるかも、起きるかもしれないと起きる時間を早めに設定してるので時に何も起こらなければ時間は余るはずなんだけど、何かを焦っているかのように用意は進まないのに時間だけが進んでいく。
気がつけば家を出ないと間に合わない時間の十分前にまで時計の針は動いていた。
「 やべぇ!! 」
急いで玄関に向かい靴を乱暴にはいてドアを開ける。
もうすぐ夏も終わる様な冷たい空気が肌に触れる。
ぶるっと震えて自転車にまたがる。
サドルの冷たさが伝わってきて更にもう一回震えた。
我慢しながらペダルをこいでいく。
ここからかかる時間はもう体に染みついている。
冷たい風を全身に浴びながら七海の家まで止まることなく進んでいった。
着いたのは約束の五分前。
女の子だから用意するのに時間がかかるのよって前に七海に怒られたことがある。だから家の前で待つことにした。
約束の時間から十分たった。
七海の姿はまだ俺の側には無い。
このくらいの時間ならまだ遅れてくるにしても許容範囲。
焦ることは無いと心に言いつつ出てくるのを待っている。
二十分…。
そして三十分が経った。
さすがにここまで遅れてきたことが無いので心配になってきた。
七海の家の前でうろうろする。知らない人から見たら怪しい男そのままだ。
意を決して七海の家のインターホンを押すことにした。
考え込んだ末の事で五分を要したけど。
ピンポーン ピンポーン
初めのチャイムでは班のがなかった。続けざまにもう一度押す。
ピンポーン ピン…
ガチャ
―――― はい。どなたですか?
七海のお母さんの声だ。
「 あ、あの、滝川です。勇樹ですけど…七海はまだウチの中ですか? 」
―――― え!? 勇樹君!? どうしましょう…。
インターホン越しにでもお母さんが本当に困ってることが伝わってくる声色だった。
「 あの…七海は? 」
―――― ご、ごめんなさいね!! 勇樹君と約束してたなんて知らなくて。七海ね、そ、そう!!風邪ひいちゃったみたいで起きられないのよ!!
「 え!? そ、そうですか…。あ、あの大丈夫ですか? お見舞いとか上がったりしてもいいですか? 」
―――― え~っと…ごめんなさい。うつしちゃうといけないから今日は遠慮させていただくわ。
「 わ、分かりました。それじゃぁお大事にって伝えてください 」
ごめんなさいねって声の後にインターホンが切れた。
何か違和感を覚えながらも七海の家を後にした。
病気っていうなら仕方がない。
楽しみにしていただけに残念な想いが心に押し寄せてくる。
後ろ髪を惹かれるように二、三度七海の家の方を振り返る。もしかしたら顔をだしてくれたりしないかな? なんて淡い想いを抱きながら。
静かに自転車にまたがって、ポケットにしまっていたケータイを取り出してメッセージを打ち送信しておいた。
[ 元気になった連絡ちょうだい。お大事に ]
家に戻った俺は一日中返信を待ったけど帰ってくることは無かった。
それどころか送ったメッセージが[既読]になる事すらなかった。
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