二度目の桜

 窓を開けると桜の薫りをのせた風が目の前を通り過ぎて行った。


 春になったんだなぁと視覚だけでなく体感できるようになってきたこの頃。

 寒くていつまでも布団の虫のままだらだらと支度をしなくても済むようになってきたのが少し嬉しい。


 そんな気持ちよさにつられて、この日は珍しく早めに登校することにした。


 徒歩で。


 最近の日課となっている七海の家に朝のお迎えに行く事

 この日は徒歩で出たこともあって少し遅れていた。


 七海の家のある住宅街は浜辺からも割と近く風が少し強めに吹く時がある。

 自転車で通る道なのだけど、徒歩だと新たに発見することもあって割と楽しい。


 そんな感じでてくてくと歩いていると、目の前から高校生の女の子がすごい勢いで走ってきているのに気づいた。


「 あれ? 七海か? 」


 たったったった!!


 ざざー!!


 俺の横を通り過ぎる時に顔をお互いに確認した。

 目線が合ったから気付いたと思う。


 勢い余って通り過ぎた女の子が急停止した。


「 勇樹!! 」

「 おう!! おはよう!! 」

「 あ、おはよう!! って、バカァ!! 心配するでしょ!! 何かあったのかと思ってここまで来ちゃったよ!! 」

「 お!? それは…ゴメン。そんなに遅れてたか? 」


 腕時計をのぞき込むと確かにいつもの時間よりも二十分も遅れている。


「 のんきねぇ…。もう!! 本当に心配したんだからね!! 」

「 悪かったよ!! でもさ…そろそろ行かないと遅刻じゃね? 」

「 あぁ~!! 」


 そう遅れている事にもまして今日は徒歩。

 自転車なら何とか間に合いそうな時間帯だけど、果たして歩いて間に合うかどうか…。

 走るなんて朝から絶対に嫌だし…なら答えは簡単だな。


「 サボるか… 」

「 え!? 」

「 どうせ間に合わないならゆっくり歩いて行こうぜ 」


 まだ隣でブツブツと文句を言ってる七海をなだめながらゆっくりと学校に向かって歩きだした。



 住宅街を抜けて海岸線に向かって歩く。

 どちらからともなく手を繋ぎ合う。

 初めは遠慮しながら出していた手どうしだった。力の入れ加減でさえどのくらいで握っていいものかと悩んだりもした。

 今はもう自然に…。

 離さないように離れないように。

 海岸線を吹き抜ける風も後押しする。お互いに自然と身体が近づいていく。


「 ゆうきぃ~ 」

「 あん? 」

「 わたしねぇ~、心に決めてたことがあるんだぁ~ 」

「 なんだよ 」

「 えへへへ。まだないしょ~ 」


 七海のはしゃぎ姿をかわいいなぁって思いながら、時々道路に出そうになる七海の身体を引き寄せる。

 そのたびに嬉しそうに、恥ずかしそうな顔をする七海。


 今日は歩いて学校に行くことにして良かった…。


 ゆったりと歩くスピードでゆったりとした登校時間。

 たまにはこういう時間もいいもんだな。


 時間的にはもう完全に遅刻だけど、そんな事よりも七海とこうして一緒にいる時間がとても大切な事だと俺は思っていた。



 海岸線を抜けると、学校が少し高い位置に見えてくる。


 もうすぐそこの交差点を曲がると…。



「 うあぁ… 」


 学校まで伸びるその道は一面桜色に染まっていた。


「 おお、すげぇなぁ… 」


 繋いだ手はそのままに二人で立ち止まって見た光景はずっと忘れない。

 二人だけの大切な想い出。


「 今日、叶いそうだな 」

「 何が? 」

「 心に決めてたことの一つ 」

「 それ何だよ? すっげー気になんだけど 」


 ふふふ


 なんだこれ?

 めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか…


 恥ずかしがってるけど真っすぐ正面の桜並木を見すえる七海に少し見入ってしまう。

 視線に気づいた七海が小首をかしげてこちらを向く。

 慌てて視線を下に向ける俺。


 とくん


 心臓が跳ねるような感覚。

 それから鼓動が早くなって顔まで熱くなってきた。


「 勇樹!! いこ!! 」

「 え!? そ、そだな 」



 学校に向かって歩き出した。


 目の前には見事な桜並木。


「 すげぇ…。この道ってこんなに桜咲くんだぁ… 」

「 え!? あ!? そうか!! 勇樹は始めてんだよね!! 」

「 うん。去年は今頃リハビリしてたからなぁ 」

「 そうかそうか 」

「 ?? 」


 七海がまた嬉しそうな笑顔になる。


「 勇樹のおかげで心に決めた事の一つが叶ったよ 」

「 へぇ~、おめでとう。で、その決めた事ってなっだってさっきから聞いてるだろ? 」

「 それはね… 」

「 それは? 」


 握り合っている手が七海の力で勢いよくふりあげられた。


「 な!! 」

「 それは…こうして恋人同士でこの桜の下をあるくこと 」

「 ふぇ!? 」

「 ふふふふっ。なんて声出すのよぉ~ 」


 そして急に立ち止まってクルっとこちらに体の向きを変える。


「 だから…今…すごく嬉しい… 」


 恥ずかしそうに見つめる七海の身体をグッと引き寄せる。

「きゃっ」って声が聞こえたけど、その後の言葉はでてこないように唇でふさぐ。


 立ち並ぶ桜の木々が、俺と七海の側に桜のカーテンを引いて祝福してくれた。

 俺達の身体を隠すように、優しく包み込むように…。

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