チョコ

 冬と言ってもこの辺りでは雪が降らないからそういう実感は余りわかない。

 でもその季節にしかないイベントは必ずやって来るもので、二月に入ると学校内の男子はそわそわしだすのが分かる。

 獲物を狙うようなギラギラした眼を持つ野生動物の住みかと化す。


 そのイベントはバレンタインデー。


 去年は高校入試でそれどころじゃなかったし、そもそもが貰える当てなんてないほどの非モテな日々を送っていたんだから、イベント自体が無かったようなもんだな。

 実際にもらったのは母さんから板チョコ一枚だけだったし…。


 でも今年は違う。何が違うって七海がいるんだ。恋人がいるって言うのはこういうイベントの時は実にありがたい。余裕が出てくるし、もらえるのかもらえないのかの緊張感を持たなくていいし、何よりも誰もいなくなった校舎から何も持たずに帰るという絶望を味わわなくて済む。


 ウチの学校は校則がけっこう緩いみたいで持ち物に関しては融通が利くんだけど、この日だけはチョコは先生たち教職員に見つかり次第没収という理不尽なルールが適用されている。つまり貰えるかわからない男子ばかりではなく渡したい女子にしても闘いの日でもあるのだ。


 一日中そんな張り詰めた空気が漂う中無事に過ごすことができた。


 ホッとしながらカバンを持って教室から出ていく。

 希望を捨てていない男子の冷たい視線を背中に浴びながら…。


 廊下に出たところで二人組の女子の後ろ姿が目に入った。

 一人は七海だと分かったのだけど、もう一人は見知らぬ顔なので声を掛けるのをためらってしまう。

 もともと俺は単独行動で女の子に声を掛けられる様なヤツではないのだ。


 そのまま自分の下駄箱まで歩いて行き靴を履き替えていた。

 もしかしたら今日は一緒に帰る事は出来ないのかとガッカリした。もらえる確率としては[帰り道]が一番高いと思っていたから。


「 ゆ~き!! 」


 校舎から出ようとした時、背中越しに声を掛けられた。

 この声は間違いなく七海なんだけど、先ほどの女子も一緒ならばどうしようかと一瞬迷う。


 その間に声を掛けてきた本人が俺の横に並んだ。


「 おう、七海だったのか 」

「 そうだよぉ。誰だと思ったの? 」


 七海のホホがぷくっと膨れていてかわいいと思った。


「 帰りでしょ? 一緒に帰ろうよ 」

「 あ、ああいいけど……いいのか? さっき友達と一緒だっただろ? 」

「 え!? ああ!! サキちゃんね。それなら大丈夫だよ。たぶん今頃は成瀬君にチョコ渡してると思うから 」

「 え!? 成瀬ってウチのクラスの成瀬か? 」

「 そうだよぉ。中学時代から知ってる子達だから相談されてたんだよ 」


 そういえば前に一緒の中学の友達が何人かいるって話をしてたなぁ。

 そうかぁ、さっきの娘こがねぇ。わからないもんだ。

 成瀬っていやぁウチのクラスの中でも俺と同じくらい普通の男子高校生って感じのやつだけど。


「 あ、今なんか変な事考えてたでしょ!? 」

「 え!? いや、そんなことないよ 」

「 うっそだぁ~!! 」

「 ホントだって!! ただちょっと意外だなぁって思っただけだよ 」


 二人そろって学校の門に向かってそんな会話をしながら並んで歩いた。

 門を出たところで七海は急に立ち止まった。

 そしてこっちを見る。


 手には可愛くラッピングされたモノを持っている。


「 はい!! 勇樹 」

「 え、あ、ありがとう 」

「 ううん。学校から出たら自由だし、すぐに渡そうと思ってたんだ 」

「 そ、そうか。うん……本当にうれしいよ 」


 受け取ったチョコと七海を交互に見ながらしみじみとお礼を言った・

 その言葉で七海も恥ずかしさの限界に達したのか、耳まで急に赤くなって俯いてしまった。


 それからいつもの帰り道を手を繋ぎながら歩いて行く。

 ゆっくり、ゆっくりと……。


「 さっきの話だけどね… 」

「 うん? 」

「 恋をする相手に理由なんてないんだよ 」

「 あぁ、成瀬の話? 」

「 そう 」


 何時もの海岸線を二人並んで歩く。


「 私は合ったんだけどね……理由 」

「 そうなのか? その理由って? 」

「 ダメ!! おしえなぁ~い!! 」


 ヤバい!! 高校生になって女の子に「 べぇ~ 」ってされた!!

 けどそんな七海が愛しいと思った。


 七海も恥ずかしさを打ち消すように楽しそうに笑顔を俺に向けてくれた。



 この大切な時間がずっと続くと思っていた…。

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