第23話 フレットとカレン

 「邪魔なんだよ!」


 冒険者ギルドに怒声が響き渡る。

 シルトと、シルトたちの妨害をしていた男は拳を止める。

 そして、ギルド内にいるであろう、怒声の主を探そうと視線を動かした。

 探すことに時間はかからなかった。

 シルトたちの下へと歩み寄ってくる男性と女性がいたのだ。

 巨大な大剣を背負った男性と煌びやかな杖を手にした女性である。

 

 シルト、ロゼ、リヒトはその二人を見た瞬間、体を硬直させた。

 その二人に見覚えがあったからだ。

 スライムの森から繋がっていた洞窟。

 その中でドラゴンを圧倒していたフレットとカレンだったのだ。

 あの時、圧倒的なプレッシャーを放っていたフレットだが、どうやら街でもこの調子らしい。


「フレットさん。お騒がせしてすいません……」


 シルトたちに高圧的に対峙してきた男たちはヘコヘコと頭を下げて詫びる。

 男たちは傍目から見ると屈強な図体をしており、冒険者としてもそれなりの実力があることが窺い知れるのだが、そんな男たちが敬語を使い敬意を示していることからフレットがかなりの実力者であることを物語っている。


 それもそのはずだ。

 フレットとカレンが身に着けているドッグタグはゴールドサファイア級冒険者を現すものなのだ。

 ゴールドサファイア級冒険者、それはあと数歩でゴールドダイヤモンド級に到達する実力の持ち主を示す。

 「英雄」にかなり近づいたものなのだ。


「扉の前で騒ぎやがって。失せろ」

「ですが、フレットさん……こいつらをこのままにするのは……」

「二度言わせるなよ」

「すいませんでした……」


 男たちは蜘蛛の子を散らすようにその場を離れて行く。

 フレットのギロリと光る眼光で睨まれれば仕方がないことだろう。

 そして、その場にはシルトたち、フレットとカレン、受付のお姉さんが残る形となった。


 フレットの視線はシルトたちを捕らえる。

 そして、


「お前たち、あの時洞窟で隠れてたやつだな」


 フレットがそう言葉を発した。

 やはりドラゴンとの戦いの後、シルトたちの存在に勘づいていたようだ。

 シルトたちは次に何を言われるのか体を硬直させながら待つ。


「その小せぇドラゴンは、あの時のドラゴンの子供か?」


 ロゼの周りをパタパタしているジルを見ながら言う。

 ロゼはジルを抱きしめて護るようにする。

 フレットはロゼの姿を見て、


「安心しろ。そのドラゴンを殺す気はねぇよ」


 ヤレヤレと言った口調で述べる。

 フレットの言葉に嘘はないのだろうが、ロゼはギュッとジルを抱きしめ続けている。


「俺も嫌われたもんだな」

「フレットは好かれるタイプじゃない。悪人顔だもの」

「カレン……お前そんな風に思ってたのか?」


 コクリとカレンは頷く。

 カレンの仕草を見たフレットは、マジかよ、といわんばかりに落胆を示した。

 恐ろしい見た目のフレットと、美しい容姿をしたカレンの二人組は傍目には美女と野獣に映るかもしれないが、その実とても仲が良いようだ。


「そんなことより、お前らやることがあるんじゃないのか?」


 フレットは話題を変えるようにシルトたちに話しかける。

 視線は少女の方を向けながら。

 フレットの言動でハッと我に返るシルトとリヒト。

 情けないことにたった今まで体が硬直していたようだ。


「あ……ああ、そうだ、この子の母親を元気にしてあげるんだった」

「なら、さっさと行ってやれよ」


 フレットは冒険者ギルドの出入り口を顎で示しながら言う。

 先ほどまでの男たちと違いシルトたちを止めるつもりはないらしい。

 それどころか送り出そうとしてくれている。


「あの、俺たちがこの子の母親を助けることによって冒険者に不利益になるって……大丈夫でしょうか」

「あいつらの言ってたこと気にしてんのか? まあ、あいつらの意見も一理あるだろうな」

「それじゃあ……」

「だからなんだ? 俺たちは冒険者であって慈善団体じゃねえ。受けたい依頼を受けて生活する。俺たちのやり方に文句言われる筋合いはねぇんだよ。たらればの話しする前にやりたいことやりゃあいい」


 フレットの言葉には説得力があった。

 受けたい依頼だから受けるという至極単純な理論だが本来冒険者とはそういうものなのだ。

 昨今では魔物を倒すことで人命を救うような依頼が多くなっているため人助けをしている集団ととられることもあるが、王国騎士とは違い、人を助ける義務などないのだ。

 依頼するものも冒険者自身も理想像に囚われている。

 純粋に冒険者として数々の依頼をこなし、実力を持って現在の地位にいるフレットだからこそ言える言葉なのかもしれない。


 その言葉を受けたシルトたちはまるで背中を押されたかのような感覚だった。

 先ほどまでは少女を救うことが悪いことなのではという思考すら浮かんでいたのだが、今では早く助けてあげようという気持ちになっている。


「ありがとうございました、フレットさん、カレンさん。俺たち行ってきます」

「さっさと行け。こんなところで無駄な時間使うなよ」


 そう言い残すと、ガチャッと扉を開けてフレットは出て行ってしまった。

 どうやら扉の前で揉めていたのが邪魔だったのは本当のことだったようだ。

 フレットが出て行った後、カレンは少女の前に屈みこむと、小さい袋を取り出して少女に手渡す。


「おねえちゃん、これは?」

「袋の中にお菓子が入ってるわ。お母さんが元気になったら一緒に食べてね」


 そして少女の頭をナデナデと撫でると、立ち上がりフレットの後を追って扉から出て行った。

 少女はカレンがくれたお菓子の入ったカワイイ袋を大事そうに両手で包み込んでいる。


「いい人たちだったね」

「そうだな、洞窟で見たときはもっとヤバイ人なのかと思ったけど」

「でもジルのお母さんを……」

「まあそれにも事情があったんだろう。今度聞いてみようぜ、もっと強くなってからな」


 自分たちの実力を上げてフレットの前でも萎縮しないようになってから、再び邂逅することを願いながらシルトたちは冒険者ギルドの扉を開けるのだった。

 少女の母親を救うために。

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