第22話 スラムと冒険者ギルド
冒険者ギルドに来訪した少女。
少女は病気になった母親を救ってほしいと懇願してきた。
しかし、お金をほとんど持っておらず引き受けてくれる冒険者は見つからなかった。
そんな少女を見かねたシルトたちが行動に移すのだった。
「俺たちに任せとけ!」
シルトは少女を安心させるようにハニカミながら明るく言葉を述べる。
そんなシルトを見た少女は、最初こそ、
「ほんとに? おかあさん、げんきになる?」
と不安を口にしていたが、明るく振る舞うシルトの姿勢を見て、ペコリと頭を下げ、
「おねがいします。おかあさんをたすけてください」
と正式にシルトたちにお願いすることにしたようだ。
そんなやり取りを見ていた受付のお姉さんはシルトたちに対して、
「ありがとうございます、シルトさん。ですが、大丈夫ですか? その、報酬がほとんど出ないので……」
と少女に救いの手を差し伸べてくれたことに感謝を述べつつも、冒険者ギルドで働くものとして、冒険者の生活を保障しなければいけないため、あまりにも少ない報酬であるということを忠告する。
冒険者の報酬には、依頼者からの依頼金にプラスして、国からの報酬が支払われることが多い。
しかし、国からの報酬が出るのは魔物絡みの依頼であることがほとんどのため、今回のような病気を治すといったような個人的な依頼に対しては報酬が出ないのである。
国としてもそこまで予算を回すことができないのだろう。
そのため、冒険者ギルドに個人的な依頼を出すものはそれなりに裕福なものばかりだ。
世の中、お金がなければ生きていくことはできないのである。
受付のお姉さんはシルトたちに報酬が少ないことについて説明したが、説明しているときも目線や表情から、この子のお母さんを助けてあげたい、と訴えかけているように見えた。
少女の見た目は、髪はボサボサしているし、服も薄汚れている。
比較的裕福な街であるアンファングでこのような身なりをしているのはスラムと呼ばれる場所に住む者だけだ。
魔物に故郷を追われたものたちが集まって身を寄せ合う所。
この子には何の罪もない。
できることなら助けてあげたい。
お姉さんのそんな考えを察知したシルトは、
「報酬とかよりも、この子に元気に育って欲しいと思ったから依頼を受けることにしたんです。この子が笑顔で暮らしていくには、親が必要なはずですから」
どこか遠くを見つめるような眼差しをしながらも、報酬には興味ないと言い切った。
ロゼとリヒトもウンウンと隣で頷いている。
「ありがとう、シルトさん、ロゼさん、リヒトさん。どうかよろしくお願いします」
受付のお姉さんは深々と頭を下げると、シルトたちに感謝の気持ちを述べ、依頼の達成を願うのだった。
「じゃあ、まずはお母さんのところに行かないとな!」
「そうね、病状を診てみないことにはどうすればいいのか分からないものね!」
「僕たちがお母さんを元気にしてみせるからね!」
シルト、ロゼ、リヒトは少女の手を引きながら冒険者ギルドを出ようとする。
少女の住むところに向かい、母親の病状を診ることから始めることにしたようだ。
シルトたちが扉に向かって歩いていくと、スッと扉の前に立ちはだかるものがいた。
数人の男たちだ。
ドッグタグをしていることから冒険者であることが伺える。
「すいません。通してもらっていいですか?」
シルトが立ちはだかる男たちに声をかける。
しかし、男たちは全く動く気配がない。
仕方がないのでシルトたちは男たちの横を通って行こうと、歩くルートを変えようとしたとき、
「スラムのガキなんか助けるんじゃねえ」
男の一人が声をかけてきた。
他の男たちも、そうだそうだ、と同調を示している。
唐突にそんなことを言われ、シルトは反論する。
「どうして助けちゃダメなんですか?」
「どうしてもだ」
「話にならないな。どいてください。この子の母親は一分一秒を争うかもしれないんだ」
しかし、男たちは頑なにその場をどこうとしない。
仕方がないので強引にでもこの場を去るために、シルトが手前にいる男を押しのけようとするが、ドンと逆に押し返されてしまう。
突然現れたかと思えば、邪魔をしてくる男たちにイライラし始めたシルトは、
「何のつもりだ! どけよ!」
と声を荒げる。
だが男たちは、そんなシルトの剣幕にもビクともしない。
しばらく両者の睨み合いが続く。
無為な時間に耐え切れなくなったシルトが、こうなったら殴ってでも突破してやろうと一歩踏み出そうとしたとき、
「お前たちのせいで俺たちを含め、他の冒険者が迷惑を受けるんだよ」
最初に声をかけた男が再び口を開いた。
「どういう意味だよ! 俺たちがいつ迷惑をかけたっていうんだ!」
「言葉通りの意味だ。お前たちがスラムのガキを格安で助けたとなれば、他のスラムにいる連中もタダ同然で依頼に来るだろう。どうする? 全てを助けるか? 無理だな。だから断ることになるだろう。そうすれば、あの子供だけ特別扱いするのかと不満がでるだろうな。冒険者のありもしない悪いうわさを流されるかもしれない。そうなれば冒険者全員にとって不利益なんだよ」
「……」
男の言うことは一理ある。
スラムに住んでいる人たちは、何かしらの事情を持って暮らしているだろう。
そんな状況で、格安で依頼を受けてもらえたという事実が知れ渡れば、私も私も、と全員が冒険者ギルドになだれ込んできてもおかしくはない。
スラムの人の依頼を受けていたら冒険者は生活できなくなってしまう。
断れば何をされるか分からない。
生活の不満を全て冒険者に向けられることになるかもしれないのだ。
男の言葉を受け、シルトたちは少女を助けた後の光景が想像できてしまった。
おそらく言った通りのことが起こるだろうと。
「でも、だからといってこの子を放っておくことなんて……!」
「諦めな。俺たちだって嫌がらせがしたくてこんなことしてるわけじゃない。俺たちが生活していくには仕方がないことなんだよ」
シルトたちは苦虫を噛み潰したような表情をする。
男の言葉が納得はできないが理解できてしまうのだ。
このまま少女を見捨てることが最善のことなのか、頭の中ではそんな思考が渦巻き始める。
チラッと少女に目をやると、目に涙を溜めながらも口を一文字に結び必死に泣くのを堪えている。
強い子だ。
それとも、スラムという環境のせいなのだろうか。
ロゼが少女の横に屈み、優しく体を抱きながら、頭を撫でる。
そして、シルトとリヒトに、
「この子を助けましょう」
と覚悟を決めた様子で呟いた。
ロゼの覚悟の籠った言葉にシルトとリヒトも腹を括ったようだ。
「悪いけどそこを通らせてもらう」
「正気か?」
「ああ」
シルトが一歩踏み出す。
すると、男たちは身に着けている武器に手をかけ今にも引き抜こうとしている。
「悪いが通せねえな。殺しはしないが、しばらく動けなくさせてもらう。今なら後戻りもできる。よく考えろ」
男たちの脅しにも、シルトの覚悟は揺るがない。
「後戻りなんてしない!」
そう言うとさらに一歩踏み出す。
男たちは武器を引き抜きシルトへと向ける。
「やめてください!」
受付のお姉さんが一触即発状態の両者の間に割って入る。
「やめてほしければ、スラムのガキを追い返すんだな。それとも、冒険者の不利益を受け入れるとでもいうのかい?」
「それは……」
お姉さんは口籠ってしまう。
少女は救ってあげたいが、冒険者の生活を優先しなければいけない。
そんな葛藤が伺える。
「何もできないなら、どいてな」
男は受付のお姉さんを押しのけてシルトたちへ近づく。
両者は鼻先が付きそうなほど接近して睨み合う。
武器を抜いてはいるが今のところ武器を交える気配は無い。
ただ、それも時間の問題だろう。
周囲にいる他の冒険者は見て見ぬふりをしている。
巻き込まれることを避けているのだろう。
そして、ついに睨み合うだけの時間は終わりを告げた。
シルトが目の前の男に殴りかかったのだ。
男もシルトの動きに合わせてほぼ同時に殴りかかる。
両者の拳が相手に当たる寸前、
「邪魔なんだよ!」
冒険者ギルド内に耳を劈くような怒声が響き渡った。
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