第21話 昇級
グラインダーアントの討伐から一夜明けて、シルトたちは冒険者ギルドを訪れていた。
もともと新しい依頼を受けるために冒険者ギルドに来る予定ではあったのだが、受付のお姉さんから明日来てねと念を押されたというのもここを訪れた要因の一つだ。
「何の用があるのかしらね?」
「さあ? 何か新しい依頼とかじゃないか?」
「昨日はしっかり休んだからどんな依頼でもこなせそうだよね!」
受付のお姉さんから何を言われるのか想像しながら冒険者ギルドの門をくぐるシルトたち。
昨夜は依頼の達成報告後、街に出てお店や屋台を巡って美味しいものを沢山食べた。
そして、宿に帰ってからぐっすりと眠りにつき、今は昼近くだ。
褒められた生活リズムではないかもしれないが、英気を養うことが出来たはずである。
シルトたちは見慣れたお姉さんのところへと近づいていく。
お姉さんもシルトたちに気づいたようで、ニッコリと微笑んで小さく手を振ってくれる。
そんなお姉さんにペコリと小さく会釈して近づいていく。
シルトたちは自分たちもこの場所に馴染んできたなあと実感するのだった。
「こんにちは、シルトさん、ロゼさん、リヒトさん! 昨夜はよく休めましたか?」
「はい! 美味しいものいっぱい食べてきました!」
「それは何よりです。冒険者は体が資本ですからね」
「それで今日は何があるんですか? 来るように言われましたけど……」
「それはですねぇ……」
受付のお姉さんはいたずらっ子のようにニヤリとしながら受付のカウンターの下でゴソゴソしている。
そしてバッとシルトたちの前に両手を差し出す。
その両手の平には金色に輝く物体が乗っている。
「ジャーン! シルトさんたちはゴールド級冒険者に昇格です!」
「えっ……」
シルトたちは一瞬何を言われたのか分からなかったが、目の前にある金色のドッグタグが事実を告げているようだった。
「あれ……? 反応が薄いですね。もっと喜ぶかと思ったのに」
サプライズが失敗してしまったと言わんばかりにがっかりするお姉さん。
もっと喜ばれるものだと思っていたのだろう。
実際、シルトたちはかなり驚いてはいるのだが、現実を受け入れるのに時間がかかっているのだ。
しばらくお姉さんの手の平のドッグタグを見つめた後、
「本当に僕たちのですか?」
「そうですよ!」
「手にとっても?」
「どうぞ」
三人はドッグタグを自らの手に取って見つめる。
そして、
「「「やった~!! 昇級だ!!」」」
と時間差で喜びを爆発させた。
ハイタッチをしたり抱き合ったりして喜びを表現する。
唐突なリアクションに受付のお姉さんがビクッと驚いてしまうのだった。
しばらくして興奮が収まった三人にお姉さんが説明を始める。
「お三方のこれまでの功績を考えて、ゴールド級の昇級が相応しいと判断しましたので、昇級させていただきました。今後は、今までよりも受けられる依頼の幅が広がりますので、より一層のご活躍を期待しています」
「ありがとうございました!」
シルトたちは新しいランクに喜びながら、クエストボードへと向かった。
さっそく、新しく受けられるようになった依頼を確認しにきたのだ。
ただ、シルバー級とゴールド級の間にはほとんど差異は無い。
少しだけ強い魔物の討伐などが増えるだけだ。
しかし、冒険者にとってこの一歩は大きい意味を持つ。
初心者ではなく依頼を任せられる冒険者として扱われるということになるのだ。
そして、自分たちの功績が認められたという自信にも繋がる。
シルトたちは冒険者としての大きな一歩を踏み出したのだ。
クエストボードを眺めながら依頼を探す。
「どうする? せっかくだからゴールド級で受けられるちょっと難しい依頼を受けるか?」
「別に無理はしなくてもいいんじゃない? しっかり経験を積むことも大切よ」
「ランクよりも依頼内容をよく見てから決めた方がいいね!」
いつも通り、うーん、と唸りながら依頼を探す。
シルトたちがクエストボードの前で悩んでいるとき、冒険者ギルドに小さな来訪者が訪れていた。
冒険者ギルドにやってきたのは小さい女の子だ。
ギルドに入るとおどおどしながらも受付の方へと歩いていく。
その女の子に気づいた受付のお姉さんが、
「どうしたの?」
と柔らかな笑顔で対応する。
女の子は背伸びをしながら、受付カウンターの上に数枚の小銭を置き、
「おかあさんがびょうきなの、これでたすけてください」
と懇願したのだった。
しかし、女の子が差し出した金額は普通の依頼金相場よりも遥かに少なく、タダ働きといっても過言ではないほどの金額だった。
冒険者は慈善団体ではない。
自分の命をかけて収入を得ているのだ。
病気の母親を救うとなると、街の病院に連れて行くか、店から薬草などを買ってくるかなのだが冒険者ギルドに来たということは、残念ながら門前払いになったのだろう。
小銭数枚ではどうしようもないことなのだ。
受付のお姉さんも少女を無下にすることもできず、だからといって冒険者たちにタダ働きを強いるわけにもいかない、板挟み状態になっていたのである。
そして周囲にいる冒険者たちは、
「ありゃ、スラムのガキだな」
「ああ。可哀そうだがこれも運命だろう」
などとヒソヒソと話している。
周囲の話しから察するに、スラムから来た少女なのだろう。
スラムとは魔物の被害により故郷を追われた人たちが集まっている所だ。
仕事もなく、国からの支援も間に合わない。
可哀そうではあるが、どうしようもないのが現実だ。
そんな周囲からの視線や話し声が聞こえたのか、少女は服の裾をギュッと握ってフルフルと震えている。
泣くのを堪えているのだろう。
その光景を遠めから眺めていたシルトたち。
「なんだか胸が締め付けられるわね。どうするシルト……」
「もういないよ、ロゼ姉」
「え?」
シルトはいつの間にか受付のすぐそばまで歩いて行っていた。
そして、少女の隣に屈むと、ポンと頭を撫でながら、
「俺たちで良ければ力になるぜ!」
と笑顔で言ったのだ。
「ほんと?」
「ああ!」
シルトは少女の頭を撫でながら、力強く答える。
その姿を見て、ロゼとリヒトも仕方ないわねといった仕草を見せながらもシルトと少女の下へ歩み寄っていくのだった。
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