第20話 グラインダーアント

 薬草採取の依頼を達成したシルトたちは続けざまに新しい依頼を受けることにした。

 新しく受けた依頼は魔物を討伐するものだ。

 ブリリアント平原に生息するグラインダーアントの討伐である。


 グラインダーアントは人間の半身ほどの体長を持つ蟻型の魔物だ。

そして群れを作る魔物として知られている。

 地面に穴を掘り、巨大な巣を形成するのだ。

 グラインダーアントの群れはクイーンと呼ばれる母体を中心に、戦闘を行うソルジャー、食料集めや巣作りを行うワーカーといった具合に分業がされているのも特徴である。

 ソルジャーやクイーンを倒すとなるとそれなりの実力が必要だ。

 シルバー級冒険者が受けられるような依頼ではない。

 ではなぜシルトたちがこの依頼を受けることが出来たかというと、すでにクイーンやソルジャーが倒されているからである。

 高ランクの冒険者によりグラインダーアントの巣は壊滅しているのだ。

 その際に、食料集めなどで巣から出払っていたワーカーの残党退治が今回の依頼内容である。


 ただ、ワーカーも全く戦闘が出来ないというわけではない。

 食料となる生物を倒すことも彼らの仕事だからである。

 素早い動きで近づき、鋭い歯のある口を使い相手を殺すのだ。

 一番厄介なのは、死を恐れずに複数匹で突撃してくることである。

 どれだけ殺しても連続で攻められれば、いずれはグラインダーアントの餌食になってしまう。

 危険な魔物なのだ。


 シルトたちは依頼を受けるとさっそく街を出た。

 ブリリアント平原はスライムの森とアンファングの街の間の街道を外れたところにある。

 受付のお姉さんから、グラインダーアントの巣があった場所は教えてもらったので取り敢えずはそこを目指すことにしたようだ。

 ワーカーは食料を集めると巣に戻る習性がある。

 高ランク冒険者により巣は潰されているが、ワーカーたちはそのポイントに戻ってくるだろうと考えたのだ。

 広大な平原を闇雲に探し回るよりも巣の周辺から探す方が遥かに効率的である。


 シルトたちは街から数時間かけてブリリアント平原に辿り着いた。

 ブリリアント平原は風が吹き抜けて、とっても心地の良い場所だ。

 太陽もポカポカと地上を照らしているので、魔物がいない安全な状況なら昼寝でもしてしまいたいほどである。

 ただ今はそんなことができるほど安全ではない。

 寝ている間に食われてしまうだろう。


 昼過ぎの陽気にウトウトしてしまうのを堪えながらシルトたちは巣があったところを目指す。

 そしてそのポイントに辿り着くと案の定グラインダーアントのワーカーたちが集結していた。

 残党退治というから数は少ないと予想していた三人だったが、ワラワラと蠢くワーカーたちは数十匹はいるだろう。

 自分の半身ほどある蟻が蠢く姿はかなりショッキングなものだ。

 心臓の弱い人がこの光景を見れば発作を起こして倒れかねない。

 そして何より、巣を失ったグラインダーアントたちが近隣の村や街を襲うことを考えるとゾッとしてしまう。

 そんなことをさせないためにもここで退治しなければいけないのだ。


「ウジャウジャいてちょっと怖いな……」

「私はかなり嫌いだわ。依頼じゃなければ今すぐにこの場所を去りたいくらいだもの」

「これだけ大きいと恐怖しか感じないね」

『ピィー』


 シルト、ロゼ、リヒト、ジルは各々感想を述べる。

 おそらく全員嫌悪感を抱いているようだ。


「さてどうやって倒すかね~。あれだけの数が集まってると、近づけば噛み殺されるよな」


 剣や槍で一体ずつ倒していたのでは取り囲まれて殺されてしまう未来が見える。

 上手いこと一匹ずつ誘い出す手段でもあれば良いのだが、現状ではそんな手段を持ち合わせていない。


「私の出番ね!」


 ロゼが手に持っているワンドを両手で握りしめながら言う。

 平原であれば周囲を気に掛ける必要もないため、広範囲の魔法というのは有効な手段だろう。

 さっそくロゼは魔法発動のために集中を始める。


 魔法とは、自分の体内に溜め込んだ魔力を放出する行為のことをいう。

 放出する際に強くイメージすることで、様々な形状や属性に変化するのである。

 例えば炎を強くイメージすれば燃え上がる炎を放出することができるといった具合だ。

 ただ、個人差というものはあり、炎を全く使えないものもいれば炎しか使えないものもいたりする。

 これは、体質により体内に溜め込む魔力に変化が起きているからではないかと考えられている。

 魔力に変化のないものはオールラウンダーとして様々な魔法を使え、魔力に変化があるものは、一つの秀でた力を持つことになるのだ。


 ロゼは、炎属性に少し偏った魔力を有している。

 そのため、水や氷などの魔法は苦手としているのだ。


『蠢く悪しきものに炎の本流を ―― ブレイズシリンダー ――』


 ロゼの詠唱と共に魔法が発動された。

 凄まじい熱量の炎が円筒状に地面から吹き上がる。

 広範囲の炎魔法により、グラインダーアントは焼き尽くされていく。

 しばらくの間、ブリリアント平原では炎が吹き上がり続けた。


 そして炎が止まると、そこには綺麗な円状に焼け焦げた地面と、炭になったグラインダーアントたちが転がっていた。

 幸か不幸か生き残ったものもいたが、体の一部が焼け落ちており満足に動くこともできない。

 その姿は何とも惨いものであり、目を背けたくなってしまうが、魔物と人間では分かりあうことができない、仕方がないことなのだと割り切り、それならば早くとどめを刺してやろうとシルトとリヒトは武器を取りとどめを刺していく。


 そして、その作業をしばらく行うと、平原にはグラインダーアントの姿はなくなった。

 これで今回の依頼も達成である。


 地面に転がっているグラインダーアントの核を回収してから、シルトたちはアンファングの街へと帰ることにした。


 魔物の核は魔力を内包しており、魔道具の材料などに使われる。

 この特性のおかげか、魔法で魔物を倒しても核に傷がつくことはあまりない。

 もちろん物理的ダメージを伴うような魔法をぶつければ壊れてしまうこともあるが、今回ロゼが使ったような魔法であれば綺麗な状態で回収することが可能であるようだ。


 シルトたちは綺麗な状態の核を数十体分回収した。

 これだけあれば、それなりの報酬が受け取れるだろう。

 少し豪華な夕食が食べられるとワクワクしながら三人は帰路についた。


 そして夕暮れ時にシルトたちは街へと帰ってきた。

 いつも歩く通りには良い匂いが漂っている。

 飲食店や屋台が立ち並ぶ通りは、まるでアンファングの街の活気をあらわしているようだ。


 シルトたちはグゥとお腹を鳴らしながらもまずは冒険者ギルドへと向かう。

 限界まで空腹にすることで最高のディナーが楽しめるというものだ。

 夕食に何を食べようか考えて浮足立った歩調で冒険者ギルドの門をくぐる。

 いつものお姉さんに出迎えられて、依頼の達成を報告する。

 回収した核を提出し、鑑定を待って、念願の報酬を受け取った。

 さあ夕食だと、受付を離れようとしたところ、


「シルト様、ロゼ様、リヒト様。明日冒険者ギルドへとお越しいただけますか?」


 とお姉さんから尋ねられる。


「もともと明日も来る予定でしたけど、何かあるんですか?」

「それは明日になってのお楽しみです!」


 受付のお姉さんはウフフと含みのある笑いを浮かべた。

 シルトたちは、なんだろう、と首をかしげながらも、限界まで我慢していた空腹を満たすために陽の沈んだ後の街へと繰り出すのだった。

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