第24話 少女と母親

 シルトたちは少女の案内を受けながら街中を進んでいく。

 シルトたちも数日この街に滞在しているので、一通り街中を見て回ってはいたが、少女が進んでいく先は行ったことがないところだ。

 少女は慣れたように歩いていくので、それに着いていくが、徐々に人気が無くなっていき、言い方は悪いが淀んだ空気が立ち込めている。

 この辺りは特に商業施設や観光するところもなく、地元民ですらあまり来ないようなところのようだ。


「マリアちゃんはここに住んでるの?」

「そうだよ! おかあさんとふたりですんでるの!」


 ロゼの問いかけに少女は笑顔で答える。

 ここまでの道中で仲良くなったみたいだ。

 ジルもマリアに懐いているようでマリアに抱きかかえられている。


 少女の名前はマリアと言うらしい。

 スラム街に母親と二人で住んでいるのだ。

 マリアの家も外の人たちと同じように、魔物に故郷を追われてこの地まで逃げてきたらしい。

 父親は残念ながら一緒に逃げ切れなかったということだ。

 マリア自身、まだ幼いころの出来事でよく覚えていないということだったが、話しから推測するに父はもう死んでしまったのだろう。

 それ以来、こんな環境の悪いところで生活しているのだ。


「生活は大変じゃない?」

「もうなれちゃったからへいき。でも、おかあさんがびょうきになってからはさびしいの……」


 年端のいかないこの子からすれば、母親まで失うことになってしまえば生活などしていけないだろう。

 なんとしても解決しなければとシルトたちは決意を固める。


 スラム街のかなり奥の方に進んできた。

 先ほどからかなり注目を集めているようで、スラム街にいる人たちが物陰などから視線を向けていることが感じられる。

 特に話し掛けてくるわけでもなくただ見られているのだ。

 その視線からは敵意とも好意とも取れないものを感じさせる。


 シルトたちは視線を気にしながらも、マリアに着いていく。

 そして、一つの通路を入ったところで目的地に着いたようだ。


「ただいま、おかあさん!」

「マリア……どこに行っていたの? 危ないから、勝手に……出歩いちゃダメだって……言ってるでしょ?」

「ごめんなさい……。でも、おかあさんにげんきになってほしくて」


 通路には、ボロボロの布が敷かれており、その布の上に痩せこけた女性が横たわっている。

 マリアのお母さんだ。

 マリアに対して諭しながらも優しさを感じさせる口調から、娘のことを大切に思っていることが窺える。

 ただ、言葉も途切れ途切れになり浅い呼吸をしていることから、体がかなり重篤な状態であることを示しているように感じられる。

 このままでは本当に命に関わるだろう。

 特にこのような環境の悪い場所では。


「あの……あなた方は? もしかして……マリアがお世話になったのでしょうか?」


 マリアの後ろに立っているシルト、ロゼ、リヒトの姿を見ながらマリアの母は疑問を呈した。

 突然しらない人間が三人も押し寄せれば当然疑問に思うだろう。

 それもスラムにはいないような清潔な服装をしていればなおさらだ。


 マリアの母の問いかけに対してシルトが丁寧に回答する。

 冒険者ギルドにマリアが来て助けを求めたこと、そして今から助けてみせるということを。


「そんな……私には対価をお支払いすることができません。そのお気持ちだけで……充分です。ありがとう……」

「ですから、対価を頂こうとは思っていません。俺たちが勝手にこの依頼を受けただけなので」

「でも……」

「マリアちゃんにはお母さんが必要です。どうか私たちに手助けさせていただけませんか?」

「ありがとう……優しい冒険者さん」


 マリアの母はポロポロと涙を流しながらシルトたちの厚意に甘えることを決めたようだ。

 治安も良くない現状で初対面の人間を信じるということはなかなか難しいことだが、マリアの母がシルトたちを信じることができたのも、シルトたちが何か人を引き付けるような魅力でもあるのだろう。


「それじゃあ病状を診ますね! シルトとリヒトは見ないように離れてて」

「はーい。マリアちゃん、あっちで遊ぼう!」

「うん!」


 シルト、リヒト、ジル、マリアは通路を出て行った。

 見届けたロゼはマリアの母の服をたくし上げて病状を診始めた。


 ロゼには回復魔法の類は使えない。

 というよりもこの世界では回復魔法を使える者は少ないのだ。

 魔力を使って自分の体の再生を促すことができる者は多いのだが、他者に対して強力な回復魔法を使える者はかなり限られている。

 ではロゼはどのようにして治すのかというと、魔法を使って病状を診ることはできるので病状を把握して薬などを買いに行くつもりのようだ。


「どうでしょうか……」


 ロゼの診察を受けながらマリアの母は心配そうな声を出す。

 心配になるのも仕方ないだろう。

 もしここで治りませんと言われれば、幼いマリアを残して逝くことになってしまうからだ。

 不安そうな声を聞いたロゼだが、特に受け答えをせずに診察を続ける。

 かなり真剣な目つきをしながら。


 しばらくして、ロゼはマリアの母の服を元のように着なおさせる。

 そして、


「大丈夫です! すぐ治りますよ!」


 と明るく振る舞ったのだ。


「良かった……この恩は必ず返します」

「いえいえ、そんなに気を遣わないでください! それにまだ治ったわけじゃないですから、気が早いですよ!」

「そうですね……でも、もう一度お礼を言わせてください。ありがとう、ロゼさん」


 感極まった様子でまた涙を流すマリアの母。

 その姿を見るロゼの表情はどこか曇っているようにも見えるものだった。

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